治療のために抗生物質を使うと、細菌の多くが死ぬ。だが、なかにはわずかながら薬が効かない菌がいて、それが薬剤耐性菌となって生き延びて増殖する。

 抗生物質と薬剤耐性菌はいたちごっこで、歴史的にみても「新しい抗生物質ができる→薬剤耐性菌ができる→さらに新しい抗生物質ができる」ということが繰り返されてきた。抗生物質を使うたびに薬剤耐性菌ができるわけではないが、頻度が多くなればその確率も増してしまう。

 抗生物質の問題は、私たちの体にすみついているさまざまな菌に及ぶ。

 例えば、腸内細菌。腸内には1千種類、100兆個以上の腸内細菌が存在していて、有毒な物質ができるのを抑えたり、ビタミンを作ったりするなどの働きをしている。抗生物質を服用すると、体に有用な善玉の腸内細菌まで死んでしまうのはよく知られている。抗生物質で下痢をすることがあるのは、そのためだ。

 善玉菌が減った状態の腸内に、たまたま抗生物質が効かない菌がいて、それが増殖すれば、腸内細菌まで薬剤耐性化してしまう。健康なときは問題ないが、免疫力が低下したときに感染を起こせば、菌血症のような状態に陥る危険性がないわけではない。

 神戸大学大学院医学研究科の岩田健太郎教授(感染治療学分野)はこう話す。

「実際、腸内細菌のクレブシエラやシトロバクターなどにも、いろいろな抗生物質が効かない薬剤耐性菌が見つかっています」

 薬剤耐性菌を持っていることで、ほかの病気の治療にも影響が出たり、入院や長期療養施設への入所が難しくなったりすることもある。

「薬剤耐性菌があるかどうかは、術後の合併症の治療が難しくなるかどうかにもかかわってくる」と言うのは、前出の森澤医師。

 手術に伴う合併症で多いのが、術後の感染症だ。手術でできた傷口から感染する例や、それ以外のところで発生する例がある。

「基本的に手術をする際は、感染症予防のために術前に抗生物質を投与します。しかし、その患者さんが薬剤耐性菌を持っていた場合、予防的に投与した薬が効きません。また、薬剤耐性菌が院内で広がる院内感染の危険もあります。こうしたことを恐れる医療機関は、『薬剤耐性菌がある患者は、まずい』と思うわけです」

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