「『よろしくお願いします』という言葉だけでも、のどの辺りから声を出すのと、丹田に力を入れて言うのとでは、響き方が違うのがわかると思います。丹田に『音のかたまり』があって、ここから声が出ているんだと意識するといいかもしれません」

 6年前にTBSを定年退職した吉川さん。定年後はどんな場所でも、誰に対しても、まずは「個」として対等な立場で丁寧な言葉で話すことが大切だと言う。

「趣味の集まり、サークル活動等いろいろな場があると思いますが、会社勤めのときのように、肩書による上下関係はない場所なのだということをよく理解しておかないといけません」

 見た目が自分よりも若い人でも、実は自分よりも相当年上……なんてこともある。にもかかわらず、「あなたさー」と相手を年下扱いしたような話し方をするのは、自分から嫌われるタネをまくようなもの。

「また、わざわざ難しい表現を使って話さないことも大事です。たとえば『おっとり刀で駆けつけた』とわざわざ慣用句を使って話すのではなく、シンプルに『急いで駆けつけた』と話したほうがいい。おっとり刀というのは『押っ取り刀』。刀を腰にさす暇もなく、鷲掴みにして急いで……という意味ですが、“おっとり”という音を聞いて“のんびり”と誤解する方もいますから」

 世の中、自分の常識がどこでも通じるわけではない。

「教養があるということは素晴らしいことですよ。でも自分が言いたいことをいつでも上手に人に伝えるためには、常時、誰にでも理解してもらえる表現で話すことです。普通の日常会話の中で横文字のカタカナ語を乱発するのも、私はやめたほうがいいと思います」

 大切なのは、会話を交わす相手の中に“「ん?」と思うような違和感”が生まれないよう、相手を思いやって言葉を伝えること。あの手この手で自分を大きく見せようと振る舞うことは、一番人に嫌われる。

「『個』としての自分に自信がないと、つい昔の肩書に頼ったり、社会的な地位が高い親族の名前を出したりもしがちですが、それも絶対やめたほうがいいです。『私の親族は○○の社長です』と言われても、言われた相手は『で、あなたはなあに?』と思うだけです」

 老後の人づきあいは「個」対「個」なのだ。ここからは本当に自分の「個」としての実力が試されると思ったほうがよい。

「自分以外のものに寄りかかったりしないで、自分の“人間力”を磨いていくことが大切なのです」

週刊朝日  2020年2月21日号より抜粋