フランスの著名シェフに憧れ、「フランス料理」の理想を常に心に抱いてきた。だから日本など他国の要素を取り入れた料理がはやるなかでも、一瞬ともフランス料理の基本からぶれなかった。

 フランスの古典料理を現代の美食に変化させるのは、基本が完成していることに加え、類いまれなるセンスも必要だ。フランスには多くの日本人シェフがいて、似たような料理を出すシェフが多いが、圭さんの味の感覚や料理の盛り付けは誰にも似ていない。

「絵画」に似た現代料理の仕上げに独自の目新しさと美的感覚がなくては、どんなに味が良くても三つ星は取れない。

 圭さんの料理は正確だ。ぶれない。火入れは完璧で味が決まっている。隙のない、自信に満ちた料理だ。昨年は6回も調査員に訪問されたようだが、ミシュランガイドのキーポイントである、「安定した完璧さ」を見せることができたのだろう。

 一部の報道では、圭さんの料理は日本とフランスの味を調和させたものだという見方もある。

 私は「日本人の魂」とフランスの味を調和させたものだと思う。勤勉で物静かだが頑固さも併せ持つ。相手の強みを理解、分析して、自分のものにするのは日本人の特技だ。

 それでいてフランス人に尊敬の念を持っている。フランス人のシェフは勤勉ではないといった誤解もあるなかで、圭さんは以前からこう言っていた。

「フランス人は日本人以上に働きます。ただ、けじめがはっきりしているからダラダラは働きません」

 圭さんもメリハリをつけて働く。フランス人のシェフたちはそんな圭さんを、「真っすぐなやつだ」と評価する。

 フランス料理は、もはやフランス人だけが作るものではない。10年ほど前から多くの日本人シェフが、パリで店を開いている。いまでは、日本人シェフのレストランは繊細できちょうめんな美食を提供してくれると高く評価されている。そんな状況もあって、圭さんのフランスへの感謝の気持ちは強い。

 「日本人がフランスで活躍できるのは、フランス人のお陰です。僕たちを素直に受け入れてくれるからです。考えてみてください。これが逆だったら? 日本でフランス人が日本料理店をやったらどうなると思いますか? 商売なんかできませんよ。だから僕はフランス人の『民主主義』にありがとうと言いたいです」

 こう7年前に語っていた圭さん。念願の三つ星を手にした発表会でも、「メルシー・ラ・フランス(ありがとうフランス)」と述べた。

 その言葉はフランス人の胸に響き、社会的にも称賛された。

 こんな圭さんだからこそ、日本人初の三つ星を獲得できたのだ。

(増井千尋)

■ますい・ちひろ 
ジャーナリスト、作家。1964年、東京都生まれ。パリ在住45年超。フランス語で料理本を出し、日本やフランスの雑誌などに料理関連記事を執筆。母はフランス料理やグルメの本などで知られるジャーナリスト、故・増井和子さん。父はフジテレビの元ニュースキャスター、故・山川千秋さん。https://chihiromasui.com

※週刊朝日オンライン限定記事