「このときは、社内の定例リーダー会議でも議題になりました。福島でデリヘルを営むと偽り、何度も偽装請求をしている人物がいるとの説明でした。賠償担当者が怪しいと感じ、男に不正の証拠を突き付けて『偽装請求ですよね』と告げると、男は『チェッ、ばれたか』と言って電話を切ったそうです」(一井氏)

 老舗温泉旅館から、賠償をする際の基準年度を変えろと迫られたこともある。

「福島第一原発事故の賠償基準は09年度です。この年と比べて事故後にその影響で売り上げが減ったことが証明されれば賠償金をお支払いします。この温泉旅館は、09年は食中毒を起こして休業していたから売り上げが少ないと主張して基準年度を前倒しした08年にしろと強く言ってきました。リーマンショック前の好景気時を基準として賠償すれば、2倍、3倍と賠償額が膨らみます。詳しく調べてみると、それまでも何度か食中毒を起こして休業していることがわかり、通常どおりに賠償したほうが適切な賠償額に近いと判断しました」

 特別な事情があれば基準年度を変更することもある。だが、その理由がないにもかかわらず、経営者や会計士から過大な賠償を要求されることもあったという。

 不正な賠償請求が増え始めたのは12年になってからだと話すのは、福島第一原発事故の賠償に詳しいノンフィクションライターの高木瑞穂氏だ。

「最初は避難区域の人たちによる正当な賠償請求が中心でした。しかし、12年に入ると、避難区域外の事業者から『風評被害』を理由にした請求が増え始め、そのなかに不正請求とみられるものが交じるようになったのです」

 高木氏は、東電で不正請求の調査担当をした元社員にインタビューして、昨年9月に『黒い賠償』(彩図社)を出版した。同書には、不正請求や不正請求が疑われるケースが書かれている。

<焼き肉店を経営する女性が知人と共謀し、8400万円の賠償金をだまし取った(のちにこの女は逮捕された)。共謀して賠償金を受け取った業者はいずれも事故後に営業を開始したか、事故による損害はなかった>

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