日本には、今もほうぼうに様々な農村歌舞伎が残っているが、こんな厳冬期に外でやるものはほとんどない。どうしてこんな時期になったのか。農閑期の楽しみであり、神社の祭礼かねて、決められたものなのだろうが。

 次の幕が開いた。演目が舞台の隅に書かれているが、降る雪が邪魔をして見えない。

 いっそう激しく降り出した雪は舞台を斜めに走る。その雪すだれの向こうで演じられているもの……まるで夢の世界である。「雪芝居」と呼ばれるのもうなずける。雪や風の自然と一体になって見る歌舞伎は風流で、寒さも忘れさせてくれる。

 屋台も出て、人々が多くなってきたところで小休止。神社の裏にまわって、いろりにあたり、神主さんに挨拶をする。酒瓶を手に「まあまあ」とすすめる神主の鼻は、酒呑童子のようにすでにまっ赤である。

週刊朝日  2020年2月7日号

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下重暁子

下重暁子

下重暁子(しもじゅう・あきこ)/作家。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業後、NHKに入局。民放キャスターを経て、文筆活動に入る。この連載に加筆した『死は最後で最大のときめき』(朝日新書)が発売中

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