作家・下重暁子が語る「山形県の庄内に惚れた理由」 (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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作家・下重暁子が語る「山形県の庄内に惚れた理由」

連載「ときめきは前ぶれもなく」

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下重暁子週刊朝日#下重暁子
下重暁子(しもじゅう・あきこ)/作家。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業後、NHKに入局。民放キャスターを経て、文筆活動に入る。主な著書に『家族という病』『極上の孤独』『年齢は捨てなさい』ほか多数

下重暁子(しもじゅう・あきこ)/作家。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業後、NHKに入局。民放キャスターを経て、文筆活動に入る。主な著書に『家族という病』『極上の孤独』『年齢は捨てなさい』ほか多数

※写真はイメージです (Getty Images)

※写真はイメージです (Getty Images)

 人間としてのあり方や生き方を問いかけてきた作家・下重暁子氏の連載「ときめきは前ぶれもなく」。今回は「極寒の風流な楽しみ」。

*  *  *
 山形県の庄内に惚れて通っていたことがある。今から十五年ぐらい前、それも極寒の時期である。

 二月一日と二日は鶴岡市の櫛引町に五百年以上伝わる伝統芸能、黒川能が春日神社で行われる。八年近く通っただろうか。一月も半ばになると無性にあの「トートトトトート」という幼児の舞う大地踏の拍子と、庄内弁で語られる意味のとれない能の文句が、耳元で鳴り出す。

 結局、いつもの朝日新聞の論説委員や写真家の仲間を誘って、新潟で新幹線を乗りかえ羽越線の窓からくだけ散る北国の波しぶきを見ながら庄内に向かっているのだ。

 ある時、どうしても二月一日・二日が仕事で外せないため、それでも雪の庄内に行きたくて、二月十五日の黒森歌舞伎に切り換えた。

 はじめての黒森歌舞伎は、酒田の神社に伝わる素朴な農村歌舞伎である。

 黒川能は、櫛引の土地の人々が中心となり一年もかけて準備される。当屋というその年の当番の家には、祖父から代々、孫や曾孫までそろっていなければならない。やっとのことで見物できる愛好家たちの熱気で身動きもできず、古い民家で舞台を囲む。

 黒川能の舞台は室内だから大雪でも寒いということはないが、黒森歌舞伎の方は、吹雪であろうと神社の境内、吹きっさらしの野外で行われる。どうなるかと着こめるだけ着て、あちこちにホッカイロを貼り、舞台の前の桟敷席に坐る。といっても境内をいくつかに区切っただけの空間に、仲間で席をとり、座布団はもちろん、毛布をかぶって観劇する。

 最初は土地の小学生たちが演じる「白浪五人男」。一人一人見えを切る。その間も容赦なく雪が吹きつける。始まる前は、雪の切れ間から青空ものぞいていて、しめしめと思ったのも束の間、北国の天気は変わりやすい。

 酒田に住んでいる知人が、岡持ちにぎっしり料理を詰め込んで運んでくれた。もともと土地の人々は自分で料理を作って寒風の中でお互いに分け合い、酒を酌みかわして歌舞伎を見る。


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