数人で一部屋の楽屋だった場合。一番上が奥のスペースを使うのが普通だが、私は奥から2番目くらいのところに座る。2番目っていうのが、ふんぞりかえってもなく、へりくだってもなく、ちょうどいい。色紙の寄せ書きを頼まれても同じだよ。私が真ん中にデーンっと書くのが収まりがいい。でも敢えて左下に書く。すると後輩たちは、たいてい右下、右上、左上の順に円を描くように書いていく。みな気を使って真ん中には書かない。そしたら「○○落語会」とイベントの名称と日付を書けば収まりがいいじゃないか。でもたまにもののわからない後輩が、楽屋の一番奥に陣取ったり色紙のど真ん中にサインしたりすることも。そういう時は大人はわざと下手に座ったり、隅に小さく書き込んだりして寂しげにそいつを見つめるよ。大人は後輩が察してくれるのを、ただ待つ。下を育てるとは、そういうことだ。そうだろ、みんな。

 ビジネスホテルに宿泊する際は、必ず有料ビデオカード代として後輩に千円渡す。今はスマホがあれば旅先のエロは十分……くらいのことは私だってわかってる。でも渡す。何に使ったっていい。それが大人の嗜みってやつだ。ただ翌朝、ペイテレビの感想を事細かに伝えてくる後輩がいる。面倒くせえなぁと思いつつ、そんな奴は大好きだよ。同じの観てたらけっこう盛り上がる。そうだろ、みんな。

 私が「大人(たいじん)が過ぎる」要素はまだまだたくさん。例えば「朝食ビュッフェでの唐揚げは1個まで」「自宅では座ってオシッコ」などなど。出先のトイレで座って出来たらもう完璧な「大人」だ。でもビュッフェでのデザート代わりの朝カレーはやめられない。そうだろ、みんな。

週刊朝日  2020年1月24日号

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春風亭一之輔

春風亭一之輔

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/落語家。1978年、千葉県生まれ。得意ネタは初天神、粗忽の釘、笠碁、欠伸指南など。趣味は程をわきまえた飲酒、映画・芝居鑑賞、徒歩による散策、喫茶店めぐり、洗濯。この連載をまとめたエッセー集『いちのすけのまくら』『まくらが来りて笛を吹く』『まくらの森の満開の下』(朝日新聞出版)が絶賛発売中。ぜひ!

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