「イランの報復は多大な被害を与えるようなものではなく、ターゲットも米軍の基地に限定しています。ソレイマニ氏を殺された以上、何らかのアクションは起こさなければならない。その気になれば十数発では済まない飽和攻撃もできますが、戦線を拡大させて全面戦争に至るような道を選ばなかった。一方、米国防総省も人的被害がないことを明言している。ですから、米国側も大規模な再報復はしないというメッセージを出しています。両国とも、これ以上はエスカレートしないということを理解し合っている状態だと思います」

 だが、大統領選を控えたトランプ氏が「弱腰」批判をかわすため、再報復する恐れはないのだろうか。

「もちろん何もしないわけにはいきませんから、兵器や武装組織の拠点を破壊する程度にとどめるでしょう。継続的な小競り合いはありますが、大規模な戦闘にはならないと見ています」

 安倍晋三首相はサウジアラビアやアラブ首長国連邦などの中東歴訪を一度は取りやめたが、予定どおり実施した。また、中東海域への海上自衛隊派遣も変更はないという。前出の天木氏が懸念する。

「自制した状態が続いたとしても、どちらかが犠牲者を出せば、一気に戦闘状態に突入する危険性をはらんでいる。中東情勢は一変しており、自衛隊を派遣するには最悪のタイミングです。安倍内閣は中止、あるいは当面延期することを閣議決定するべきです」

 米国主導の有志連合への参加は見送ったものの、派遣されるのはアデン湾で海賊対処活動を行ってきた護衛艦とP3C哨戒機2機で、多国籍部隊の第151連合任務部隊(CTF151)に入っている。

 前出の前田氏が説明する。

「CTF151の頂点に君臨するのは有志国による連合海上部隊(CMF)の司令官で、バーレーンに司令部を置く米軍の第5艦隊司令官が兼務しています。ですから、実質的には米軍の傘下に入っているのです。イラン側から見れば、米国側に立った挑発行為と受け止められるかもしれません。伝統的に日本はイランと友好関係にあり、いいポジションにいるはずなのですが、それを損ないかねません」

 これまでトランプ政権は、米軍の負担を減らすために中東からの撤退を目指す一方で、イランと対立するイスラエルなどとの関係、さらには国内のキリスト教右派を意識し、イランに対して強硬姿勢をとるという政策をとってきた。

 米国の外交・安全保障政策に詳しい笹川平和財団の渡部恒雄上席研究員はこう指摘する。

「普通に考えれば、こうしたアクセルとブレーキを両方踏む政策をやるのは不可能。そこからどうするか考えることで戦略が生まれるものですが、要するに、戦略がないと見ていい」

 戦略のないトランプ大統領に振り回され、米国の戦争に巻き込まれるリスクが現実味を帯びてきている。(本誌・亀井洋志、小島清利、吉崎洋夫)

週刊朝日  2020年1月24日号より抜粋。一部加筆・修正。

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吉崎洋夫

吉崎洋夫

1984年生まれ、東京都出身。早稲田大学院社会科学研究科修士課程修了。シンクタンク系のNPO法人を経て『週刊朝日』編集部に。2021年から『AERA dot.』記者として、政治・政策を中心に経済分野、事件・事故、自然災害など幅広いジャンルを取材している。

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