とはいえ、実際には東西統一チームの名の下に、東あるいは西のチームが単独で出場していた。

 統一チームの旗はドイツ国旗の真ん中に五輪マークを入れたもの。表彰式での国歌演奏では、ベートーベンの交響曲第9番の「歓喜の歌」が使われた。

 やがて東西ドイツが統一されたとき、ベルリンのブランデンブルク門前での記念式典で演奏されたのも「歓喜の歌」だった。

 オリンピック期間中、私が最も驚いたのは、中国が核実験を実施したことだった。オリンピック開会式から1週間後の10月16日、新疆ウイグル自治区のロプノル実験場できのこ雲が上がったのだ。これで核保有国はアメリカ、ソ連、イギリス、フランスに次いで5番目となった。この核実験は大気圏内。つまり大量の放射性物質が大気中に吹き上げられ、偏西風に乗って日本上空へと飛来した。

 2日後の10月18日、新潟大学は新潟市内に降った雨から放射能の塵(ちり)を検出。これ以降、「傘をささないで雨に濡(ぬ)れると禿(は)げる」などという根拠のない噂(うわさ)が広まった。それにしても、世界のアスリートが集結している東京の風上で放射性物質をまき散らす神経には驚く。このときを選べば、世界にアピールできると考えたのだろうか。

 さまざまな出来事があったとはいえ、日本の総力を挙げたオリンピックは、10月24日に無事に閉会式を迎えた。ところが、ここでハプニングが起きた。閉会式での入場行進は、開会式と同じく各国選手団が整然と会場に入ってくるはずだったが、緊張感の解けた各国選手は列を崩し、日本の旗手は各国の選手に肩車されてしまった。

 予定とは異なった成り行きに、NHKの中継アナウンサーが狼狽(ろうばい)していたのが記憶に残る。でも、選手が一体となった行進は好評で、以降のオリンピックの閉会式は、いずれもこのスタイルになった。

 いろいろあったが、終わりよければ全てよし、と。

週刊朝日  2020年1月17日号