瀬戸内寂聴「見たとたん、わっと泣きだしました」 寂庵の思い出

週刊朝日
横尾忠則(よこお・ただのり)/1936年、兵庫県西脇市生まれ。ニューヨーク近代美術館をはじめ国内外の美術館で個展開催。小説『ぶるうらんど』で泉鏡花文学賞。2011年度朝日賞。15年世界文化賞。(写真=横尾忠則さん提供)
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横尾忠則(よこお・ただのり)/193...

 半世紀ほど前に出会った97歳と83歳。人生の妙味を知る老親友の瀬戸内寂聴さんと横尾忠則さんが、往復書簡でとっておきのナイショ話を披露しあう。

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■横尾忠則「老化なんて全部気分と思って下さい」

 セトウチさん

 手紙ばかりでお会いする機会がないですね。でも、ぼくの生霊が肉体から抜けだして寂庵の中をウロウロしているんですよ。そんなぼくをもしセトウチさんが霊視すれば、腰を抜かして家の中を全速力で「出たッ!」と叫びながら逃げまくりますよ。そして、体力が元に戻って元気百倍です。人間って単純です。老化なんて全部気分だと思って下さい。そしてこの往復書簡を続けましょ。

 さて、もうお正月ですね。いつも「ゆく年くる年」のテレビ中継で寂庵が舞台になったりしてましたよね。今年は? ぼくは大晦日(おおみそか)も元旦もアトリエでひとり籠城(ろうじょう)してお絵描き三昧(ざんまい)です。

 昔は正月といえば寅さん映画が愉(たの)しみでしたが渥美清さんが亡くなって、寅さん映画が撮れなくなったと嘆く山田洋次さんに、「そんなことはないです。寅さん映画の新作は作れます」「どのようにして?」。それはですね、過去の49本の映画の場面を抜粋(ばっすい)、引用して、新しくシナリオを書く、そこにさくら、博、満男、リリーを登場させて22年(以上)前の彼等と交差させ、ついでに「家族はつらいよ」のレギュラーの役者も出演して、現実に亡くなった渥美さんを幽霊にしてボーッと出現させるんです。

 と、こんなぼくの寅さん映画のコンセプトをアイデアにして山田さんに提供した結果、でき上がったのが「男はつらいよ お帰り 寅さん」です。でもぼくが関与したことは、なぜか、伏せられています。公(おおやけ)にするのはまずいのかな? そのうち、この映画の出来る経緯をどこかで克明にバラしましょう。

 そういえば、セトウチさんから映画の話は一度もでませんね。ぼくは昔、映画少、青年で新作を片っ端から観(み)ていた時代がありました。ところが耳が聞こえなくなってからは映画を観る機会がうんと減りました。ぼくのほとんどの絵には映画からの影響がそーっと隠されています。ぼくにとって映画は文化というより文明です。だからぼくの作品も根は文化ではなく文明なんです。そんな風に誰も批評しませんけれどね。

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