「この国は、歌の国」五木寛之と大竹しのぶが語る“令和の日本” (2/4) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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「この国は、歌の国」五木寛之と大竹しのぶが語る“令和の日本”

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五木寛之さん(左)と大竹しのぶさん (撮影/写真部・加藤夏子)

五木寛之さん(左)と大竹しのぶさん (撮影/写真部・加藤夏子)

[左から]大竹しのぶ(おおたけ・しのぶ)1957年、東京都生まれ。73年、芸能界デビュー。75年、映画「青春の門」にヒロイン織江役で出演。ラネーフスカヤ夫人を演じる、シス・カンパニー公演 KERA meets CHEKHOV「桜の園」は2020年4月に上演/五木寛之(いつき・ひろゆき)1932年、福岡県生まれ。戦後朝鮮半島から引き揚げる。早稲田大学ロシア文学科中退。『蒼ざめた馬を見よ』で直木賞、『青春の門』で吉川英治文学賞を受賞。最新刊は『新 青春の門 第九部 漂流篇』 (撮影/写真部・加藤夏子)

[左から]大竹しのぶ(おおたけ・しのぶ)1957年、東京都生まれ。73年、芸能界デビュー。75年、映画「青春の門」にヒロイン織江役で出演。ラネーフスカヤ夫人を演じる、シス・カンパニー公演 KERA meets CHEKHOV「桜の園」は2020年4月に上演/五木寛之(いつき・ひろゆき)1932年、福岡県生まれ。戦後朝鮮半島から引き揚げる。早稲田大学ロシア文学科中退。『蒼ざめた馬を見よ』で直木賞、『青春の門』で吉川英治文学賞を受賞。最新刊は『新 青春の門 第九部 漂流篇』 (撮影/写真部・加藤夏子)

大竹:そのころの日本の楽曲ってきれいなものがたくさんありますよねー。

五木:原稿を書いていると年を取る感じがするけど(笑)、音楽をやるとリフレッシュする。音楽とかかわりあってきたからこそ、ここまで続けてこられたというのはありますね。先日、「歌いながら歩いてきた」というミュージックBOXを作ったんです。作詞生活60年ということで。「織江の唄」も二つはいってる。大竹さんにとっての歌は、どんな存在だろう?

大竹:楽しいから歌うものだし、悲しいから歌う、叫びたいから、祈りたいから歌う。そんな人の原点のような気がしています。ここから進化して芝居になったのだと思うこともありますね。お客さんに伝わるのはストレートで、歌うほうとしてはこんな幸せなことはないと感じることも多い。人がその瞬間だけでも幸せになってくれたり、楽しいと思ってくれたら、自分のいる意味も見つけられるし。

五木:よく初めに言葉ありきと言われるけれど、初めにあったのは歌だと思うことがある。最近、万葉学者の中西進さんとも対談させて頂いたんだけど、万葉集も、もともとは歌なんですよね。みんながメロディーをつけて歌っていたから後世に残った。この国は、歌の国でもあるんです。

大竹:「うた」の語源が、思いを「訴える」から来ているという説も聞いたことがあります。これもわかるような気がして、よく思い出します。

五木:歌と言えば、敗戦後、外地で難民キャンプみたいなところにいたときも、とにかく朝から晩までみんなが歌を歌っていたのを覚えています。それも、マイナー調のセンチメンタルな歌ばかり。でもその歌にはげまされて、がんばりぬいて帰ってこられた。引き揚げ船の中で日本の船員さんたちがいま内地で大ヒットしてる曲だといって「リンゴの唄」というのを聞かせてくれたんです。でも、みんなキョトンとしていた。なんだか、しらけた感じで盛り上がらなかった記憶がある。

大竹:♪赤いリンゴに、ですよね。


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