荒磯:横綱の終わりは引退しかないですから、常にそれを考えながら、毎場所毎場所、葛藤しながら戦ってましたね。

林:いくら気持ちが前向きでも、体が悲鳴をあげていたわけでしょう?

荒磯:そうでしたね。場所前の稽古でも、体と脳を一致させる感覚をすごく大切にしてたんですけど、一つ歯車が狂ってくると、体と脳のバランスが悪くなってくるんです。狂った歯車を元に戻すのが、非常に大変な作業でしたね。

林:特にただ一人の日本出身横綱という重圧もあったでしょうね。おやめになるとき、「まったく悔いはありません」とおっしゃってましたけど。

荒磯:僕、やめたときはサッパリした気持ちで、携わってきたいろんな人の顔が浮かんできて、それで「悔いはまったくない」という言葉が出てきましたね。いい結果は残せなかったですけど、やり切った、という気持ちが自分の中にありました。

林:このあいだ、野球のイチローさんも、たしか同じようなことをおっしゃってましたよね。「後悔などあろうはずがありません」って。親方のまねをしたんですかね、イチローさん(笑)。

荒磯:アハハハ、違うでしょう。

林:「横綱になるとみんなガチでぶつかってくるから、現役の寿命は短い。大関でずっとやってたほうが寿命が長い」という話を聞いたことがありますけど、そうなんですか。

荒磯:それは間違いなくそうだと思います。でも、僕は横綱に上がって皆勤は2場所だけですけど、横綱になってから見える世界と、横綱になるまでの15年とはまったく違うものでしたね。横綱に上がって絶対によかったなと僕は思います。

林:そうですか。

荒磯:誰も経験できないようなことを経験できましたし、相撲界を見る目も変わってきましたし、やっぱり横綱になってよかったなと思います。だから僕がもし師匠になったら、必ず横綱を育てたいですね。僕もいい思いをしたから、後輩にもいい思いをさせてあげたいなと思います。

林:横綱って付け人がいっぱいついて、毎晩すごいご馳走を食べて、そのあとタニマチに連れられて銀座あたりに飲みに行って、「おいママ、連れてきたぞ」「キャッ! ホント?」という世界があるんじゃないかという印象ですけど、そのとおりですか。

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