恩地日出夫「市原悦子さんへ あなたは『どうせ私は不美人』と笑った」【別れの言葉2019】 (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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恩地日出夫「市原悦子さんへ あなたは『どうせ私は不美人』と笑った」【別れの言葉2019】

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週刊朝日#お悔やみ
恩地日出夫さん (c)朝日新聞社

恩地日出夫さん (c)朝日新聞社

市原悦子さん (c)朝日新聞社

市原悦子さん (c)朝日新聞社

 2019年も残りわずか。今年も多くの人がこの世を去った。別れの言葉には、さまざまな思いが込められている。共に過ごした思い出、伝えられなかった気持ち。今、あの人に語りたいメッセージ。

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*  *  *
市原悦子さんへ

恩地日出夫(映画監督)
※1月18日 東京都港区の青山葬儀所で

■「どうせ私は不美人」と笑った

 市原さん、奉書に墨で書いた文章を読むのはあなたにふさわしくないと思って、今日は何も持ってきませんでした。

 思い出すと、初めて市原悦子と会ったというか見たというか、今日来る前に調べてみたら1957年封切りの「雪国」という映画があります。池部良と岸惠子の主演でした。その衣装合わせで悦ちゃんが衣装部にいるのを、助監督になりたての僕が見たのが始まりでした。“太った芸者”というワンシーンだけの出番だった豊田(四郎)監督の作品です。助監督の広沢さんが、一生懸命太らせるので、着物の下にタオルを巻いたり、いろんなことをして太った芸者の衣装合わせをやってました。

 僕は撮影所に入って1年、原節子さんをはじめとした美人女優ばっかりの東宝撮影所にいささか食傷気味だったので、市原さんの衣装合わせを見ながら、ああ、こういう人も女優さんでいるんだ、と思いました。

 その話を後年すると、「どうせ私は不美人ですよ」って笑ってたけど、いま考えると結構失礼なことを言ってたんだなと思います。でも、その衣装合わせから今考えてみると、60年という年月が経っています。その間に、ずいぶんいろんな仕事をたくさんたくさんさせてもらいました。


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