自殺に関しては、2008年にWHO(世界保健機関)が「自殺予防 メディア関係者のための手引き」を、国内でも日本民間放送連盟が「放送基準」を作成し、報道に倫理的な姿勢を求め、留意を促している。例えば、WHOの手引き(17年の最新版)では「自殺を前向きな問題解決策の一つであるかのように紹介しないこと」などと書かれている。放送基準では「人心に動揺や不安を与えるおそれのある内容のものは慎重に取り扱う」「心中・自殺は、古典または芸術作品であっても取り扱いを慎重にする」などとされている。

「安楽死」については学問的に公認された定義はない。表(下記)の分類は生命倫理学でよく使われるもので、大きく3種類に分けられる。

 この分類によると、今回のNHK番組のケースは(2)に当たる。

 だが、NHK報道局はJCILへの回答書でスイスの自殺幇助団体の「自殺とは単純に言えない」の見解を引用してこう説明する。

 ──安楽死は実現に厳格な要件(筆者注:1.耐えられない痛みがある2.回復の見込みがない3.明確な意思表示ができる4.治療の代替手段がない)があることや医師が介在すること等、世間一般に言う「自殺」とは大きく異なる部分があるため、自殺に関する放送基準が必ずしもそのまま妥当するとは考えていません(回答書の抜粋)。

 この点について、JCILの声明公表時にコメントを書いた鳥取大学医学部の安藤泰至(やすのり)准教授(生命倫理・死生学)はこう指摘する。

「番組のようなケースを『自殺ではない』とするのは合法化していくための政治的な戦略です。自殺という言葉のイメージが悪いから、言い換えをしなければならないわけです」

 安楽死合法化について、海外では1970年代からオランダや米国で議論されてきた。国内でも海外で安楽死のニュースが流れたり、医療における裁判の解説などで議論されたりしたこともあったが、全体的に安楽死の議論は端緒についたばかりとも言える。

 NHKのこの番組に取材協力をした横浜市立大学国際教養学部の有馬斉(ひとし)准教授(倫理学・生命倫理)は、合法化の問題点について、こう指摘する。

「安楽死合法化賛成派の意見は『自分で死を選べるようにするべきだ(自己決定の尊重)』『痛みや苦しみから解放してあげるべきだ』などとわかりやすい。一方、反対派の障害者・難病患者が置かれている状況や合法化によるリスクは社会から見えにくい。理解されにくいから問題になるわけです」

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