そして仮にその理屈で殴られたとしても、果たしてそれが本当に暴漢対策になるんだろうか。ただ痛いだけ、無駄なケガをするだけではないだろうか。


 
 今回殴られたからと言って、次回殴りかかられたとき「これは前に殴られたのと一緒だ!」に咄嗟に反応できるとは思えない。

 けれど、世の中には、「世間に出たら嫌な事があるかもしれないから、それに備えるために今からお前に嫌なことをするぞ」といって加害してくる人は驚くほどいるのだ。

 さらにタチが悪いことに、この『お前のためハラスメント』は加害者の多くがAさんのように「善意でやってやっているんだぞ」と罪悪感すら持っていない。

 でも、加害されている側の多くは苦しんでいる。それなのに健気に「私の為にやってもらっているんだ」と思いながら、その辛い仕打ちに耐えている。そして耐えられなくなって辞めて行くか、最悪心を病んでしまう。

 もう一度言うが、これは「お前のためだ」と言って行われている立派なハラスメントだ。もし本当にクレームを受けたとき対処するための指導をするのであれば、あらかじめ対処方法を教えてからロールプレイング(模擬練習)をするべきだ。

 この時、Aさんがしていたのは、自動車学校に入学したての人にいきなり車を運転させて、「ほら事故っただろう、こんなんじゃいずれ車道でも事故を起こすぞ」とドヤ顔で言っているようなものだ。

 当たり前だけど自動車学校では「こういうシチュエーションで事故が起きやすい」「事故を起こさないためにはどうするか」「事故が起こったらどうするか」ということをみっちりと教えてくれる。運転方法を知らない人がいきなり車を運転できないように、クレームの対応方法を教わってない人がクレームの対応ができるわけがないのだ。

 もしクレームを受けたことの無い人に対応方法を教えるのならば、「どんなクレームがあるのか」「このケースにはこういう方法で対処するべきか」「クレームを防ぐためにはどうすればいいか」とあらかじめ知識を与えてから実践練習を行うべきだ。

 世の中には「お前のためだ」ハラスメントが満ちている。けれどそれは本当に私たちのためなのか? 重々見極めなければいけないのだ。
(榎本まみ)
※週刊朝日オンライン限定記事

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榎本まみ

榎本まみ

榎本まみ(えのもと・まみ)/新卒で督促を行うコールセンターに入社するも心を病んで辞めていく同僚を見て一念発起。クレームや罵詈雑言からオペレータの心を守る独自メソッドを開発。現在もコールセンターで働きながらコラムや漫画を執筆している

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