追悼中曽根康弘元首相 盟友のライフ清水会長、田原総一朗氏が語る (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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追悼中曽根康弘元首相 盟友のライフ清水会長、田原総一朗氏が語る

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上田耕司,秦正理週刊朝日
首相官邸で記者会見する中曽根康弘氏=1986年 (c)朝日新聞社

首相官邸で記者会見する中曽根康弘氏=1986年 (c)朝日新聞社

 中曽根康弘元首相が11月29日、死去した。101歳だった。中曽根氏と親交のあった、「ライフコーポレーション」の清水信次会長(93)と、ジャーナリストの田原総一朗氏(85)が語った中曽根氏の素顔とは。

「中曽根さんとは長年のおつきあいで、私とおない年の友人の前野徹さん(東急エージェンシー元社長)と一緒によく話をしにおうかがいしたものです」

 清水会長はかつて本誌にそう語った。最初の出会いは、日本チェーンストア協会の会長として対応した売上税(現在の消費税)導入問題のときだった。

「私は売上税に反対する立場で、中曽根さんとはひざ詰め談判をしたものです。中曽根さんは変な駆け引きなどはせず、剛直でまっすぐな気性だった」

 中曽根氏は1987年10月、竹下登氏に自民党総裁の座を禅譲した。2人を比べてこう話した。

「戦場で、中曽根さんは白馬にまたがって先頭で勇ましく出ていくタイプ。竹下さんは奥に鎮座して、官僚や政治家を使ってじわりじわり攻めていくタイプでした。交渉をしていて『こりゃあ勝てないな』と思ったものです。戦後の総理の中で、中曽根さんは天下国家のあり方を語れる数少ない方でした」

 田原氏は中曽根氏と十数回にわたって対談してきた。最初は82年。中曽根氏が自民党総裁選に立候補したときだという。

「そのときから、戦争には絶対反対だ、と強く語っていた。その後も常々そう言っていたのは、戦争を経験しているからだと思う。引退してからも常に日本の行く末を案じ、生涯政治家の姿勢を見せていた」


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