「あ、つーか、今日A師匠、代演で来ますよ!」。プログラムにはない急な出演で楽屋に来るにもかかわらず、弟子に電話をよこすのはホントの緊急。20分後、電話のベルが鳴り「まだ帰りません」「わかった。これから代演で行くから、その時にな」と冷静沈着なA師匠の声。

 しばらくしてA師匠が楽屋入り。当然B兄さんの姿はない。「まずその了見が気に入らないっ!!」。雷が落ちた。「アイツがどこに行ってるか知らないが、前座同士でかばいあって師匠を騙せると思ってるお前たちのその浅はかな考えに腹が立ちます!!」。言葉は丁寧だが、怒りに溢れていた。「申し訳ございません!」「すぐに電話させろ!」

 とりあえず手の空いていたD兄が舞浜へ飛んだ。ちょっと嬉しそうだ。会えるわけない、と思っていたらなんとイクスピアリで奇跡的に彼女と手を繋いでいるB兄さんに遭遇したそうな。「あいつさー、なにしくじったかまるで覚えがないって言うんだよ。電話しろって言っても、『どうせ明日になったら忘れてるよ、うちの師匠』だって。呆れて帰ってきちゃった」。翌日、お土産のミッキーのチョコクランチをつまみながらD兄の報告を聞く。

「どうも! 昨日は大変失礼しましたぁー!」。張本人のB兄が遅れて楽屋入り。「てめー、ふざけんなよ! 心配させやがって! 一体なにしくじったんだよっ!?」とC兄。「いやー、今朝師匠に謝ったら『自分のウンコは自分で流せ』だって!」。今までで一番くだらない『とばっちり』の話でした。

週刊朝日  2019年11月29日号

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春風亭一之輔

春風亭一之輔

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/落語家。1978年、千葉県生まれ。得意ネタは初天神、粗忽の釘、笠碁、欠伸指南など。趣味は程をわきまえた飲酒、映画・芝居鑑賞、徒歩による散策、喫茶店めぐり、洗濯。この連載をまとめたエッセー集『いちのすけのまくら』『まくらが来りて笛を吹く』『まくらの森の満開の下』(朝日新聞出版)が絶賛発売中。ぜひ!

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