「『みんな伊調から逃げた』とネットに書かれた。私もその一人。悔しさはずっとある」

 実績をつくるのも大事と、自らを納得させて臨んだ本番。金メダルの表彰台は予想に反して純粋にうれしかったという。

「君が代を聞いたときに次は東京五輪って思ったんです。そのときから、階級は戻すつもりでいました」

 そんな決意で臨んだ昨年の12月だった。川井の「やめたい」に対し、初江さんはこう言った。

「攻めている姿をもう一回見せてほしい。最後に梨紗子らしいレスリングじゃないまま終わっちゃうのは、こっちも悔しい」

 周囲の支えもあり、川井は攻めの姿勢を取り戻した。今年6月の全日本選抜選手権、7月のプレーオフと伊調に2連勝した。

「自分が弱かったとは言いたくない。梨紗子が強かった」

 という伊調の言葉は、今度は逃げなかった川井への最大の賛辞だろう。

 東京行きを決めた9月の世界選手権準決勝では、ナイジェリア選手に逆転勝ちした。レスリングは3分×2ピリオド。

「6分1秒から頑張っても意味はない。それは馨さんとの戦いで思ったこと。今をやり切ろうという気持ちが一番強かった」

 今は胸を張って言える。

「レスリングをやってきた中ですごく濃い1年、自分自身が成長できた1年だった」

 昨年8月のジャカルタ・アジア大会で約3年ぶりの黒星を喫して「器が小さい」と涙し、エゴサーチ(自分で自分のことを検索)をしては自分が「敵」のような扱いをされてクヨクヨした一時の弱さは感じられない。

 小5の文集で「好きな有名人」に挙げた五輪3連覇の吉田沙保里(37)が今年1月に引退した。伊調も退けた今、川井は名実共に日本女子のエースになった。

 世界選手権前の強化合宿から主将を任された。

「沙保里さんの力には到底及びそうにないけど、自分も(先輩に)頼り切ってはいけない。引っ張る立場にならなきゃいけないと自覚できている」

 と力を込める。

 金メダル量産を期待されるレスリング女子だが、他国の追い上げは急ピッチで簡単な道のりではない。

 川井も十分わかっている。

「世界選手権で出た反省点を見直して、東京までの1年間をしっかり使って、強くなりたい」

週刊朝日  2019年11月22日号