※写真はイメージです (c)朝日新聞社
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年齢による睡眠時間の変化 (週刊朝日2019年11月15日号より)
年齢による睡眠時間の変化 (週刊朝日2019年11月15日号より)
睡眠時間と死亡率 (週刊朝日2019年11月15日号より)
睡眠時間と死亡率 (週刊朝日2019年11月15日号より)

 夜なかなか寝付けない、ぐっすり眠れていない……。そんなシニアが抱える「不眠」の悩み。実は根拠のない常識にとらわれていることが原因の場合もある。睡眠障害研究の第一人者に、シニアを最適な眠りに導く処方箋を聞いた。

【グラフ】眠りすぎに注意!「睡眠時間と死亡率」のデータはこちら

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 夜はグッスリ、朝はスッキリ。そんな睡眠を目指すシニアは多いことだろう。

「残念ながら、そんなふうに眠れるのは、子どもと睡眠が足りていない大人ぐらいです。シニアが目指すべきものは、むしろ“自分に合った眠り”なのです」

 こう話すのは精神科医で日本大学医学部精神医学系主任教授の内山真さん。厚生労働省「睡眠指針2014」の検討会座長なども務めた睡眠障害研究・治療の第一人者だ。

 そんな内山さんが、シニアの睡眠について問題視しているのは、「理想と現実のギャップが大きい」という点。これがシニアの不眠の悩みの元凶になっているというのだ。一方で、このギャップを埋めることさえできれば、“自分に合った満足のいく眠り”がかなうとも話す。

 では、ここから目からウロコのシニア向け“眠りの処方箋”を紹介していこう(以下、「 」内は内山さん)。

 1日に必要な睡眠時間は8時間だから、それくらい眠らなければならない。そう考えているシニアも多いだろう。だが、この8時間という数字、「まったく根拠のないもの」と内山さんは言う。

 では、何時間睡眠が望ましいのか。年齢による睡眠時間の変化を調べた。データはメタアナリシスといって、世界中の研究をまとめて分析した最も信頼できるものだ。「どれくらい眠りましたか」と聞いたアンケート調査ではなく、それぞれの年代の健康な人の夜間睡眠を脳波を用いて測った結果だ。つまり、自然な眠りの加齢変化を示したものだ。

 これを見ると、25歳の睡眠時間は平均で7時間、45歳で6.5時間、65歳で6時間。年をとるほど睡眠時間は減っている。ここからわかるのは、シニアに必要な実質的な睡眠時間は6時間前後ということだ。

「なぜ年をとると睡眠時間が短くなるのか、そのメカニズムは明らかになっていません。ただ、シニアがたくさん眠ろうとして早めに寝床に入っても、結局、生理的な睡眠時間を超えて眠ることはできない。体が必要としていないからです」

 後述するが、寝床で眠れずに過ごすのは睡眠に対する不安が助長されかねないので、よくないとのこと。「睡眠は短めでも大丈夫」くらいの意識改革が大事だ。

 ちなみに、「一晩中ウトウトしていて、眠れなかった」という人も過度に心配する必要はない。「ウトウト」は医学的には眠っている状態だからだ。

「専門的には浅いノンレム睡眠で、眠っているけれどちょっとの刺激で起きてしまう程度の状態です。先の研究をみるとわかるように、年をとるほど深い睡眠(上から4番目の層)が減って、浅い睡眠(一番下の層)が増えています。つまり、シニアになるとグッスリ眠る時間が減って、ウトウトした状態の睡眠が長くなるということ。ウトウトしながら起きているのではなく、“眠っている”のです」

 仕事や育児、介護などで忙しいときにたまたまゆっくりできる日があると、「ずっと寝ていたい」と思う。だが、これはあくまでも睡眠時間が足りていない人の話。寝不足でない限り、先に紹介した生理的に適切な睡眠時間より極端に長くても短くても、心身の健康からみると適切ではない。長く眠る=健康的な睡眠、ではないのだ。

 それを示したのが、睡眠時間と死亡率の関係をみたアメリカのデータだ。これは110万人の睡眠時間を調べ、6年後に同じ人たちを追跡調査したもの。その結果、8時間睡眠は1.1倍、9時間睡眠は1.2倍と、睡眠時間が長いほど死亡リスクが高くなっていた。

 病気と長時間睡眠との関連も指摘されている。例えば、大崎研究では、65歳以上になって睡眠時間が増えた人は、増えなかった人より約2倍、認知症を発症していた。高血圧や糖尿病、うつ病でも長時間睡眠でリスクが高いという結果が出ている。

「若い頃よりたくさん眠れるというのは、生理学的には考えにくい現象です。こうしたデータから推測できるのは、“何らかの病気や体調不良によって長く眠らなければならない”という状態に陥っているのかもしれない、ということ。体のSOS信号かもしれません」

 早く寝ないと健康に差し障ると、早寝を心がけている人もいるだろう。すぐに眠れる人はいいが、なかなか眠れずに寝床で悶々としているのなら、すぐに寝室から出て居間に行こう。

 内山さん曰く、早寝をしたほうがいいのは子どもだけ。それも、規則正しい生活習慣を身につける、しつけの一環として必要であるとのこと。睡眠の科学からすると、大人にとって、特段、早寝が健康的という根拠はなく、むしろ寝床で起きている時間を短くしたほうがよいという。

「その理由は大きく二つあります。一つは、寝床で横になっている時間が生理的な睡眠時間よりも長いと、結果的に睡眠が浅くなりやすいということ。もう一つは本能的な問題。人は夜、暗いところでじっとしていると、警戒心が増すことがわかっています。その結果、不安が強まったり、些細なことが気になったりするようになる。それが眠りに影響し、不眠をもたらす原因になるのです」

 シニアにとって大事なのは早く寝ることではなく、眠くなってから寝床に入ること。眠れないなら夜更かしもOK。テレビを見てもかまわないそうだ。

「“夜のテレビは興奮するからよくない”というのも子ども向けの話で、むしろシニアは脳が刺激されるくらいの番組なら、見たほうが人生にプラスになると思います。テレビの明るさぐらいの光では、眠りに影響を与えません」


「ぐっすり、たっぷり」から「適度に」。これが睡眠に対する理想と現実のギャップを埋め、満足のいく睡眠を得られるポイント。

「それでは物足りない、やっぱり睡眠の質を高めたいという方には、寝ることを忘れるくらい好きな趣味に没頭することをお勧めします。睡眠にとらわれない生活が大事なのです。運動も脳のさまざまな部位を活性化させるので、結果的に脳を適度に疲れさせて睡眠の質を高めるのに役立ちます」

 睡眠が足りているかどうか判断したいのであれば、昼間、どれくらい眠くなるかを指標にする。昼食後に「起きていられないくらい眠い」場合は、少し睡眠時間を増やしてもよいという。

 なお、睡眠時無呼吸症候群や、むずむず脚症候群、周期性四肢運動障害といった病気があると、それが原因で眠りが妨げられる場合がある。今回紹介した処方箋を試しても改善されないときは、一度、医療機関に相談を。(本誌・山内リカ)

週刊朝日  2019年11月15日号