由紀:アハハハ、そう。先生は「私、歌ってると、ときどき入れ歯がはずれるのよ。でも、間奏のときに後ろ向いてカッと入れ歯を入れるの。だからそんなこと言わないで、ファンがいるうちは歌ってあげてちょうだいよ」っておっしゃってました。

林:本の中のそのエピソード、私、大好きなんです。

由紀:二葉先生のライバルは淡谷のり子先生(歌手)なんですね。「淡谷先生よりも1年でも長くリサイタルをやりたい」というのが二葉先生の目標で、実際にそれをおやりになってからすぐ、旅立たれました。

林:そうなんですか。

由紀:淡谷先生って、ピアノに寄りかかって歌うじゃない。そのとき後ろにクッションがあったりするのよ。私が見た先生の最後の舞台では、キャスターがついてる台の上にソファがあって、そこに座って歌って、歌い終わるとそのまま台ごとスーッと動かして引っ込むんです。

林:まあ、ほんとですか。

由紀:テレビの番組だから、そこは映らないのよ。でも、会場に来てる人にはわかっちゃうわけ。なんであそこは暗転にしなかったのかしらって思うんだけど、でも最後までヒールで歌ってらっしゃいました。

林:素晴らしいです。

由紀:ペギー葉山さんが亡くなったのも、すごくショックだった。いい歌をたくさんお歌いでした。ちょっとバタくさいジャジーなものとか。

林:でも、由紀さんはそうした皆さんよりずっとお若いんですから、そういう先輩たちは記憶の外に置いて、ときどき思い出す程度でいいじゃないですか(笑)。ご本を読んでわかったんですけど、「夜明けのスキャット」の大ヒットの最中、もうご結婚されてたんですね。びっくりです。

由紀:うふふ。私は童謡歌手から大人の歌手になるあいだ、コマーシャルソングをいっぱい歌ったんです。相手は大森昭男さんというCM音楽プロデューサーの方で、小林旭さんの「熱き心に」とか、堀内孝雄さんの「君のひとみは10000ボルト」とか、矢沢永吉さんの「時間よ止まれ」とか、石川さゆりさんの「ウイスキーが、お好きでしょ」とかを手掛けた人なんです。コマーシャルソングとしてつくったものがヒットするという時代ですね。音の切れ方とか、音のピッチとか、「ここはもう少し明るく響かせて」とか、音に対してすごく厳しい方でした。

林:当時、由紀さん20歳だったんでしょう? 結婚はもう少し待ってもらってもよかったんじゃないですか。

由紀:「高校を卒業したら結婚したい」って言われたんです。でも、上の二人が行ってなかったので、「下から行くのは順序が違うだろう」って父が言って、短大を出たあとすぐに結婚したんです。

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