「兄の場合、家業を継ぐために必要な学費だったかもしれませんし、自分の夢を犠牲にして勉学に励んだ可能性もあります。また、父親からクリニックの不動産や顧客を引き継いだといっても、将来的にも経営が安泰という確証があるわけではありません。むしろ、この女性や妹さんのほうが自由な人生を謳歌しているという見方もでき、学費の差がそのまま特別受益ということにはならないという考えもあるでしょう」(前出・坂本さん)

 女性は兄の提案をベースに「3千万円を姉妹で分けたい」という具体的な数字を示しているが、佐藤さんは、それは「かなり控えめな要求かもしれない」と指摘する。「自宅不動産などを精査すれば、父親の遺産は相当額に上るはずです。これを法定相続分で分けるとしても、姉妹それぞれがその3分の1を受け取ることができるわけですから」

 むしろ佐藤さんが懸念するのは、父親の死後、兄妹間に“争続”が勃発することで税金面で不利になる可能性があることだ。父親と同居する兄が自宅やクリニックの土地を相続した場合、自宅の土地については330平方メートルまで、クリニックの土地については400平方メートルまで「小規模宅地等の特例」が適用され、相続税法上の評価額を8割下げることができる。しかし、そのためには原則、相続税の申告期限(相続発生から10カ月後)までに遺産分割協議を終え、申告書を提出しなければならない。

 兄妹で揉めて申告期限までに遺産分割がまとまらなければ、当初申告では法定相続分で相続したという内容の申告書を提出する形になるが、その際は先の小規模宅地等の特例の適用が受けられず、一時的にせよ、本来よりも割高な相続税を納めなければならなくなる。

 さらに、遺産分割が終わるまで相続財産は相続人の共有となるため、このケースではクリニックの営業に支障を来す可能性もあるという。

 坂本さんは、「こうしたケースこそ、父親がしっかり遺言書を残しておくべきです」と話す。

「そして、長男にクリニックを引き継がせるという内容とともに、親としての思いを付言事項に綴るのです」

 兄妹間の話し合いだと互いに感情的になりやすいが、親が残した言葉であれば重みが違い、女性や妹も最終的には矛を収める可能性が高い。

 とはいえ女性や妹にもそれなりの財産を残す必要があり、「父親がお兄さんを受取人とした生命保険をかければ、この生命保険分は受取人の固有財産となることから、相続財産から分離させることができます。お兄さんはその保険金から妹さん2人に代償金としてお金を渡す、というのも一法でしょう」(佐藤さん)。

(ライター・森田聡子)

週刊朝日  2019年11月8日号より抜粋