坂本さんは、「長女の婿を養子にしてまで“氏”を残したい気持ちは理解できなくもありません。しかし、娘さんが3人いる中で血縁のない婿養子に財産の大半を渡したのは、少々配慮に欠けていたのではないでしょうか」と話す。

 このケースでは、同センターでは次のような相続プランを提案するという。

「自宅の所有権は基本的には長女が承継するものとし、残された妻には住居確保のため、せめて建物の名義は与えます(2020年4月以降は配偶者居住権を設定することも可能)。預貯金については、妻には余生を送るのに十分な生活費を、婿養子には自宅の管理・事業資金として必要な費用を渡したうえで、残りは3姉妹で等分するのです。そうすれば、自宅はいずれ長女の子どもへと引き継がれることになり、今回のような事態は回避できたのではないでしょうか」

 故人の思いを遺族に伝え、相続の手続きを円滑にするために遺言書の作成は望ましいことだが、「内容については事前に家族と相談して決めたいところです。過去の相談事例でも、故人の一方的な思いと相続人の実情とがあまりに乖離(かいり)した内容で、遺言書があるがゆえに揉めたケースは少なくありません」(坂本さん)。

■クリニックを継いだ兄、医学部学費は特別受益?

 都内在住の女性(55)には、5歳上の兄と2歳下の妹がいる。父親は開業医で、幼いころから成績の良かった兄が後継者と目され、私立大学の医学部に進んで家業を継いだ。5年前の代替わりの際には、父親が高額な医療機器も購入している。

 これに対し、女性と妹は短大を卒業して数年間会社勤めをした後に結婚、家庭に入った。母親は比較的早く亡くなっており、昨年米寿を迎えた父親が体調を崩すと、兄は早々と父親を老人ホームに入れ、見舞いにも行こうとしないという。

 その一方で税理士を使って父親の遺産を調べ上げ、将来の遺産分割の提案をしてきた。クリニックを併設した自宅の評価額が上がっているため、相続税を払うと残る遺産は3千万円余りとなり、「これを3人で1千万円ずつ分けよう」というのが兄の言い分だ。

 しかし、女性と妹からすれば、到底承服できるものではない。「兄は医学部の学費や医療機器の費用など既に数千万円単位の資金援助を受けている」という思いがあり、3千万円の遺産は妹と2人で分けたいと主張するつもりだ。

 このケースで気になるのは、兄の特別受益がどの程度認められるかだろう。前出の佐藤さんが解説してくれた。

「医療機器については、父親が購入して長男に渡していたとしても、購入費用を出してあげたとしても、遺産分割の際には特別受益とみなされるでしょう」

 しかし、兄の学費については不確定な要素が多いようだ。

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