一人っ子のせいか、ヨコオさんは、や犬が大好き。私は五つくらいの時、道で犬にまといつかれ、こわがって倒れて、おろしたての真白(まっしろ)の靴下に穴をあけられて以来、犬がこわくなってしまい、それ以来、道のはるかかなたにどんなに小さな犬が見えても、大廻りして、ちがう道を歩いたものでした。猫も、いつひっかかれるかとこわくて、抱くなんて、もっての外(ほか)でした。

 でも小説家になって、自分の書く小説の中に、どうしても猫が必要になってきたので、ついに飼ってみることになりました。

 猫屋で選んで二匹買いました。一匹は真黒のとても美しい猫で、マルグリットと名付け、「マルちゃん」と呼んでいました。もう一匹は真白で、「シロ」と呼びました。このシロが大食でみるみる大きくなり、大猫になったのにはびっくりしました。

 マルは繊細で、敏感で、人間の気持を、す速く察しました。シロは、神経が太く、少しバカではないかと思われました。

 ある日、寂庵の参詣人の二人の若い女性が、庭の入口にいたシロを見て、

「まあ、大きな猫! 豚みたい」

 と言いました。庭に入って、マルを見て、

「まあ、可愛い! 寂聴さん好みね」

 と、いうのを聞き、まん更(ざら)でもありませんでした。

 二匹は、毎週、猫の美容院から迎えがきて、半日して帰ってくると、ピカピカに輝いていて、数人いた若い寂庵のスタッフより、きれいでした。

 その頃は寂庵の障子の一角は、ハサミが入っていて、いつでも猫の出入りが出来るようになっていました。もちろん、猫の食事は、人間より上等だと、私が文句を言う程、スタッフたちが競争で造っていました。

 それでも私は猫を抱くのは、何だか恐ろしく、抱いたことはありませんでした。

 マルグリットは美しいと評判になり、出入りの女性編集者が、婦人雑誌のグラビアに出してくれました。

 猫好きのヨコオさんに、一度でも抱いてもらえばよかったのに──残念なことでした。

 次は犬の話をします。

 寒い日があります。風邪にはせいぜい気をつけて下さいね。では、また。

寂聴

週刊朝日  2019年11月1日号