瀬戸内寂聴(せとうち・じゃくちょう)/1922年、徳島市生まれ。73年、平泉・中尊寺で得度。『場所』で野間文芸賞。著書多数。『源氏物語』を現代語訳。2006年文化勲章。17年度朝日賞。
瀬戸内寂聴(せとうち・じゃくちょう)/1922年、徳島市生まれ。73年、平泉・中尊寺で得度。『場所』で野間文芸賞。著書多数。『源氏物語』を現代語訳。2006年文化勲章。17年度朝日賞。
横尾忠則(よこお・ただのり)/1936年、兵庫県西脇市生まれ。ニューヨーク近代美術館をはじめ国内外の美術館で個展開催。小説『ぶるうらんど』で泉鏡花文学賞。2011年度朝日賞。15年世界文化賞。(写真=横尾忠則さん提供)
横尾忠則(よこお・ただのり)/1936年、兵庫県西脇市生まれ。ニューヨーク近代美術館をはじめ国内外の美術館で個展開催。小説『ぶるうらんど』で泉鏡花文学賞。2011年度朝日賞。15年世界文化賞。(写真=横尾忠則さん提供)

 半世紀ほど前に出会った97歳と83歳。人生の妙味を知る老親友の瀬戸内寂聴さんと横尾忠則さんが、往復書簡でとっておきのナイショ話を披露しあう。

【写真】横尾忠則さん

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■横尾忠則「83歳、アホになる生き方しか…」

 セトウチさん

 のところのまなほ君からメールでこっそり聞いた話では、自分が遅いくせに、いったん書いたら「ヨコオさんの手紙まだ?」と、やーや言ってうるさいそーですね。すでに編集部には2本たまっていますが、3本目を書きますね。

 個展の制作が終って、ホッと解放された頃に倒れて、入院など大騒ぎをしましたが、もう2カ月になりました。まだ自宅静養と通院を繰り返していますが、絵を描かないという最高の快楽を目下味わっています。よく絵を描くことが最高の快楽だと、画家は言いますが、あれはウソ。描かないこと以上の快楽はない、ということをこのところ毎日味わっています。こーいう心境は芸術家というより職人ですかね。もともと芸術家なんていなかった時代は皆んな職人です。ダビンチも職人だったんです。

 職人は、朝起きたら、「今日は何をしようかな?」なんて考えません。毎日やることが決まっているからです。その点、芸術家は、「さて、今日は何をすべきか?」なんて腕組みをして大袈裟(おおげさ)に考えます。この頃の僕の気分は芸術家でも職人でもない。ただの無職です。だから、何も考えません。今日は何を食おうかなというのが一日の大問題です。別に今日限りで廃業したわけではないですが、気分は引退です。このまま死ぬまで続くと、描くという義務みたいなものから解放されて、さあ、死んでからどうしようかな、なんて死後を想像するだけで楽しくなります。なんていうのはウソですが、少なくとも何のために描くのか、という目的から解放されることは間違いないです。描きたきゃ描く、それだけのことで、何かのために描かないだけ、これこそ創造の原点です。大義名分などない、描くために描く、それ以上の目的はないでしょう。だから描かないために描かないというのと同じ気分です。子供が絵を描くのはみんなこの気分です。だから、画家は大人になって誰かと競争したり、社会を意識したりして描く。これじゃ純粋な子供にはかないません。

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