中日を「男気退団」した松坂大輔に賛否の声 (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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中日を「男気退団」した松坂大輔に賛否の声

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梅宮正宗週刊朝日
退団について話す松坂大輔(C)朝日新聞社

退団について話す松坂大輔(C)朝日新聞社

7月16日に今季初先発した松坂大輔(左)(C)朝日新聞社

7月16日に今季初先発した松坂大輔(左)(C)朝日新聞社

 松坂大輔投手が中日を退団したことに驚いた人は多いだろう。

 今季は2月のキャンプで右肩を痛めて出遅れ、わずか2試合登板で0勝1敗、防御率16.88。若手が台頭している中で来季に40歳を迎える右腕は戦力構想から外れても不思議ではなかったが、球団は経験と若手の手本となる姿勢を評価して来季の契約を提示した。だが、松坂は予想外の道を選んだ。

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 なぜ、退団を選択したのか。

 10月4日に加藤宏幸球団代表と会談し、今季限りでの退団を申し入れた松坂は報道陣の取材に対応した。

「なかなか答えが出なくて、この1カ月弱、本当に悩みましたけど…」
 と複雑な表情を浮かべ、退団を決意した理由を明かした。

「先日、森(繁和シニアディレクター=SD)さんとデニー(友利結国際渉外担当)さんの退団も発表されましたけど、僕は2人に(ソフトバンク・)ホークスをクビになったときに声をかけてもらってドラゴンズに拾ってもらったので、『僕もいちゃいけないな』と思って退団する気持ちを球団代表に伝えさせていただきました」

 松坂にとって森SD、デニー国際渉外担当は特別な存在だ。大リーグから14年に国内復帰し、ソフトバンクに在籍した3年間で1軍登板は1試合のみ。右肩痛に苦しんで期待外れの結果に終わり、17年限りで退団した際はバッシングの嵐だった。

 日本プロ野球機構(NPB)で野球を続けるのが困難な状況の中で救いの手を差し伸べたのが、当時中日の監督だった森SDとデニー国際渉外担当だった。


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