泣きそうになりながらふとショーケースを見ると、コナミの『ハイパーオリンピック』が専用コントローラー付きで並んでいた。「手ぶらで帰れるかよ!」「いや、キミは3月に本体買うんでしょ!?」「でもせっかくのお正月にお年玉で何も買わないのは……」「バカっ! 目先の『ハイパーオリンピック』に惑わされるな! 本体がなきゃ出来ないんだぞ!」。私の頭の中で天使と悪魔が揉め出した。結果、悪魔の勝利。その日から『ハイパーオリンピック』を友達の家でやるのだが「お前、本体持ってないんだから自分のうちで出来ないだろ? 貸してくれよ!」と押し切られ、持ち主の私より、やり込むだけやり込んだ友達が上達する……という哀しいパターンに陥った。

 次の正月が来た。いよいよ本体が手に入る。本体の爆発的な売れ行きも一段落した様子だ。小3の私はお年玉を財布に入れ、おもちゃ屋にむかう。ハゲ店主はもっとハゲていた。毅然と「本体を……」と言おうとしたその時、昨秋に発売された『ファミリートレーナー』が目に入った。専用マットを本体に接続して、その上で実際に走ったり跳んだり「室内でスポーツが出来る」新型機器!! 「『ファミトレ』ください」……俺は馬鹿か。友達の家で『ファミリートレーナー』をやっていると、友達のお母さんが「ホコリが立つから、これからそれは持ってこないでね」。

「eスポーツ」ってこういうことじゃないんでしょ? わかってますよ、わかってるけどさ。聞いてもらいたかったんだよ、おじさんは。今なら本体、余裕で買えるのに、おじさんは……。

週刊朝日  2019年10月18日号

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春風亭一之輔

春風亭一之輔

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/落語家。1978年、千葉県生まれ。得意ネタは初天神、粗忽の釘、笠碁、欠伸指南など。趣味は程をわきまえた飲酒、映画・芝居鑑賞、徒歩による散策、喫茶店めぐり、洗濯。この連載をまとめたエッセー集『いちのすけのまくら』『まくらが来りて笛を吹く』『まくらの森の満開の下』(朝日新聞出版)が絶賛発売中。ぜひ!

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