小説家の中島京子さん (c)朝日新聞社
小説家の中島京子さん (c)朝日新聞社

 アルツハイマー型認知症を患った父とその家族の物語『長いお別れ』(2019年に映画化)を書いた小説家の中島京子さんに、認知症の人を介護する側の心構えや、認知症と共生する社会の実現に向けた課題を聞いた。

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 認知症の父の介護を経験して思い出すのは、父の頑固さに煩わされたことです。

 例えば、薬をのんでくれないとか、自動車にいったん乗ったら降りないとか、歯医者でかたくなに口を開けないとか、食事をしてくれないとか、そういうことが最も苦労した点です。

 それが日常だったので、とてもたいへんでしたし、うんざりしたり、イライラしたりしましたが、しょうがないです。どうすればいいということもないので、気長に、気分が変わるのを待つしかなかったような気がします。

――小説『長いお別れ』はフィクションだが、04年にアルツハイマー型認知症と診断され、13年に亡くなった父親をみとった中島さん自身の経験が元になっている。

 家にいても「帰る」「帰る」としょっちゅう言うので、「わかった。じゃあ、さようなら」と言って玄関で送り出し、そっと後をつけていったことも何度もありました。

 おもしろいというか気の毒というか、「帰る」と告げて出ていっても、外に出て歩き始めると見当識障害(時間や場所、人がわからなくなること)があるわけだから、本人が不安になってくる。俺はどこを歩いているんだろうと思うんでしょう。

 そわそわしながら振り向いたりするので、そこで手を振って近づいていくと、知ってる顔だと思うのか、ホッと安心したようになり、素直に手をつないで家に戻ってくれることが多かったように思います。

――認知症の父親を介護する中で、感じたことはなんだったのか。また、発症する前に「やっておけばよかったこと」について話が及ぶ。

 本人のしたいことは、なるべく逆らわずにおくのがいいのかなと思いました。認知症についての作品も書いておられる、医師で作家の久坂部羊さんにお話を聞いたことがあるのですが、ティッシュペーパーを食べちゃったりしても、べつにおなかを壊したりしないから、無理やりやめさせる必要はないそうです。

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