■散歩のときには、古歌の暗誦をすべし。


「ただの散歩ではおもしろくないので、あるとき、“五体の散歩”というのを思いついたんです。足のほか、手、口、耳目、頭の五つをすべて動かすんです。やってみると、たいへんおもしろく、散歩の習慣もしっかり身につきました。ぜひやってみてください。その一つ、口を動かすには、古歌の暗誦が歩くリズムにもたいへんよく合う。『あかねさす紫野ゆきしめ野ゆき野守は見ずや君が袖ふる』というふうにね」

■手ぶらで歩くべし。
「人間の手が足の変化したものだとすると、大きなものをぶら下げることがいかに理に反することか、考えるまでもありません。大きな荷物を持って歩くことが体にいかに影響を与えているか、人間はまだ十分に知らないままです。できるだけ、手ぶらで。本気になれば、たいていのものはいらなくなります」

■たまには土の上を歩くべし。
「土の上にはたいてい木があり、うまくいけば森になる。森の中を歩くと、まったく知らなかった意識が目を覚ますことがあります。特に、目や鼻や耳。舗装道路の上を歩いているだけでは動かなかった感覚が動き出すのです。旅先を選ぶ条件に、森歩き。おおいに贅沢な練習といえるでしょう」

病気の回復を楽しむべし。
「病気にかかって、イライラしてしまえば、心理的にも病に負けたことになってしまう。ひとときは病気とつきあう覚悟をするのが得策。思い切って、静養する。そして、回復の過程を体と精神双方で思い切り味わいましょう。少々年を取っていても、病気の回復期には青年期のような希望と爽やかさを感じられることに気付きますよ。なんともいえない活力を楽しめます」

■人生は、雑然たるところが強み。
「年を取ってくると、人はだんだん潔癖さを求めてしまう。己を貫く、といった優等生的な潔癖さです。でも、これは、結果的に自分を弱めてしまう危険な頑固さになりかねない。いいことばかりしていたら、人間はダメになります。思考という点においては、人は自由なのです。私が好きなのは、“平和的なケンカ”。頭の中で一方的に、許せない人と絶交する。『これは許せない』と思ったら、それまで数々の思い出があったとしても、縁を閉じる。相手は気づかなくて手紙を送ってくることもありますが、いっさい返事をしない。こうした自分の“悪人”たるところを自覚すると、多少なりとも頭に緊張感が生まれ、毎日が味わい深くなります。混ざりものがあるからこそ強くなるのは、人間も金も同じなんです。24金の純金より、耐久性のある18金のほうが、さまざまな生かし方があるように」

(構成/本誌・大崎百紀)

週刊朝日  2019年9月27日号