──そしたら、どうしたらええんですかね。掛け軸を売るんは。

 ──オークションでしょ。たとえば△△美術倶楽部が主催してるような、ちゃんとしたオークションに、会員の美術商を通して掛け軸を出品するんです。そのときは倶楽部の正式な鑑定証が必要ですけど。

 ──出品するときの値段はどう決めるんですか。

 ──美術商と相談します。相場の半額くらいからスタートしても、入札があるかどうか、期待はできんでしょうね。

 ──半額でも売れんのですか。

 ──もし売れたら、二十パーセントほどの手数料を、オークション主催者と美術商に支払います。

 ──鑑定料も要るんでしょ。

 ──もちろんです。○○の軸なら五万円ほどかな。

 ──ネットオークションはどうなんですか。

 ──あれは偽物の巣です。たとえ本物を出品しても、偽物の値で落札されます。

 ──なんかしらん、売る気がなくなってきましたわ。

 ──それくらいめんどいんです。“家宝”の美術品を換金するのは。

 それからしばらくして、マスターのスナックへ行った。掛け軸の写真を見たが、想像していた以上にひどいものだった。

週刊朝日  2019年9月20日号

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黒川博行

黒川博行

黒川博行(くろかわ・ひろゆき)/1949年生まれ、大阪府在住。86年に「キャッツアイころがった」でサントリーミステリー大賞、96年に「カウント・プラン」で日本推理作家協会賞、2014年に『破門』で直木賞。放し飼いにしているオカメインコのマキをこよなく愛する

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