残高の安定を求めるなら定率引き出し(週刊朝日2019年9月13日号より)
残高の安定を求めるなら定率引き出し(週刊朝日2019年9月13日号より)
野尻哲史(のじり・さとし)/1959年、岐阜県生まれ。2019年5月から、運用・移住・仕事など多面的に退職後のお金との向き合い方を発信するフィンウェル研究所の代表。主な著書に『定年後のお金』(講談社+α新書)、『脱老後難民』(日本経済新聞出版社)など (撮影/写真部・掛 祥葉子)
野尻哲史(のじり・さとし)/1959年、岐阜県生まれ。2019年5月から、運用・移住・仕事など多面的に退職後のお金との向き合い方を発信するフィンウェル研究所の代表。主な著書に『定年後のお金』(講談社+α新書)、『脱老後難民』(日本経済新聞出版社)など (撮影/写真部・掛 祥葉子)

 フィンウェル研究所代表の野尻哲史さんが、「定年後の生活」について綴る「夫婦95歳までのお金との向き合い方」。今回は「資産の引き出し方について」。

【野尻哲史さんの写真はこちら】

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 退職後も資産運用を続ける方は意外に多くいらっしゃいます。2018年12月にフィデリティ退職・投資教育研究所が、65~79歳の1万1960人から回答を得た「高齢者の金融リテラシー調査」では、42.9%が投資をしていました。

 退職後の資産運用はあまり無理をしないことが大切です。資産の分散をしっかり行って、年率3%程度の運用を目指すのがいいと私はいつも指摘しています。

 ただ、運用すること以上に重要なのは、その資産からどうやって資金をうまく引き出すかです。多くの金融機関や資産運用に関するセミナーでは、「運用」や「投資」を説明しますが、その資産からの「引き出し方」を説明することはほとんどありません。しかし、これこそが非常に大切なのです。

 結論から言えば私は毎月・毎年、一定額を引き出す「定額引き出し」をお勧めしていません。よく「年金以外に年間100万円だけ引き出すように決めている」といった話を聞くことがあります。これは、「使いすぎないようにする」という消費の面だけを見ているルールです。実は残っている資産を運用している場合には、この「定額引き出し」は大きなリスクを孕んでいます。

 例えば、表を見てください。前半と後半の二つに分けて、前半に上昇するパターンAと後半に上昇するパターンBを比較しています。上昇期間は10%の上昇で、下落期間は5%の下落にしてあります。保有する資産は1千万円でそれぞれの期間で引き出すのは100万円です。運用収益がマイナスになって資産が減っている間にも一定額を引き出すパターンBでは、元本がさらに大きく毀損しますから、後半になって、収益率が上昇に転じても回復力は大きくありません。そのため、パターンAと比べると残高が15万円少なくなっています。これが長く続くとその差もそれに応じて広がっていきます。これが「定額引き出し」の持っている問題点です。100万円引き出すことは、上昇局面では100万円“しか”引き出さないとしても、下落局面では100万円“も”引き出すことになるという意味です。

 これを避ける方法が、表の右側にある「定率引き出し」です。残高の一定率を決めて引き出す方法です。表の場合には残高の10%を引き出すことにしてあります。「定額引き出し」では残高に関係なく引き出しますが、定率引き出しの場合には、上昇時期には残高が大きくなるので引き出し額が多くなり、下落期にはその分、引き出し額を抑えるように変化します。その結果、最後の残高はパターンAでもパターンBでも同じになります。

 もし60歳から75歳まで、こうした「運用しながら引き出す」ことを考えると、75歳の時点で想定内の残高になるようにできるかどうかは、75歳以降の生活に大きな影響を与えかねません。引き出し方は退職後のお金との向き合い方において非常に重要なポイントになるのです。

週刊朝日  2019年9月13日号