家賃は1軒9万円。私鉄の駅から7分という立地のよさもありアパート経営は順調だったが、問題はそこが「借地」だったことだ。

 地代は月額3万円、定期的に更新料も支払ってきた。地主一家とは女性の両親の代からの付き合いで関係も良好だったが、地主の息子に代替わりしてからは疎遠になっていた。

 亡夫の存命中に一度、このアパートを売却しようとしたことがある。2人の息子は仕事の都合で他県に家を構え、アパートに住まないことがはっきりしたからだ。確定申告は亡夫が行ってきたが、高齢で手続きが負担になってもいた。しかし、地主に相談を持ちかけたところ、頑として首を縦に振らず、断念せざるを得なかった。

 こうした経緯もあり、相続登記の手続きを終えて間もなく、女性は大手不動産会社にアパートの売却を依頼した。

 亡夫はこのアパートや自宅のほかに8千万円近い金融資産を遺しており、生活に困ったわけではない。高齢の身で、あの地主とやり取りしながらアパート経営を続けていく自信がなかったのだ。遠くに住む息子に頼るわけにもいかなかった。

 不動産会社は1800万円という査定価格を提示し、地主との交渉も請け負った。しかし交渉は平行線をたどり、半年後には不動産会社が音を上げた。やむなく他の不動産会社にも声をかけたが、経過を話すとどこも尻込みする。

 そんな中、アパート近くの小さな不動産屋から「うちに売らせていただけませんか」と声がかかった。渡りに船と頼んだところ、不動産屋は1カ月もしないうちに買い手を見つけてきた。アパート経営を考えている隣区在住の30代の会社員で、聞けば地主も既に了承済みという。

 息子からは「不動産市況も良くなっているし、もう少し様子を見たほうがいいんじゃない」と言われたが、女性としてはとにかく早く手放したいという気持ちが強かった。売却価格は1200万円、このうち300万円が承諾料として地主の手に渡った。

「この女性の場合は、売却する前に不動産や借地権について詳しく調べておくべきでした。専門家に相談することもできたはずです。地主にそのあたりの“知識格差”をうまく利用された印象ですね」と評すのは、前出の橘さん。

次のページ