百歳にあと三年という歳になって、文芸雑誌二冊に、連載をつづけている私が、作家仲間から笑い者にされているくらいは知ってますよ! そんな私を余程律義な人間だと思いこんでいる人もいるようだけれど、トンデモナイ! 根がイイカゲンな人間だからですよ。今更他の仕事にきり変るなどメンドクサイだけじゃない? 五一歳で出家したりして余程真面目な人間かと思われてるかもしれないけど(そんなモン一人もいないよ!!)要するに、芯が、いいかげんな人間だからに過ぎないだけ。ほんとに真面目で、人生を真剣に考えつめる人間だったら、五一歳でいきなり坊主になったりするものですか!

 私はホントにいいかげんな人間で、いいかげんに九十七年も生きてきたと思います。それで何が残った? 心を許せる友だちだけですよ。命をかけた作品? とんでもない、そんなもの三年も読者なんて読んでくれるものですか。では、なぜ月に三日くらいまだ徹夜して書きつづけているの? 横尾さんならわかってくれるでしょう。ペンを握れば手が動くのよ。これはもう腕の習慣。理由なんかない。後世に残るケッ作を書こうなんていじらしい夢は、とうの昔にどこかに飛んでしまった。癖で、「イイカゲン」に書いている。ああここでも「イイカゲン!」。だって読者なんて気まぐれで移り気で、浮気でしょ。一人の作家を生涯気も変らず愛読しつづける人なんている筈ない。芸術家は、天才だけが残るのよ。横尾さんは天才ですよ! ホント!! 私はあなたとA新聞社ではじめて逢った瞬間から、そう感得した。あなたは三十歳なかばで少年のようにすがすがしく、初々しかったけれど、もう二人のお子さんの親だと聞いて、私は椅子から落ちかけたものでした。その帰りの十五分くらいの車中の話に、私はあなたと生涯の友人になる予感が得られたのです。

 その理由は、この往復書簡の中に徐々に書いてゆきましょう。今、わかっていることは、私たちの友情も「イイカゲン」だからつづいている。

 わたしは自分が凡才だから、子供の時から天才に憧れています。この世で私の逢った天才は、三島由紀夫さんくらいかな。その三島さんに可愛がられてたから、横尾さんも天才なんでしょ。天才だあい好き! 天才と何とかは紙一重ですって。

 ま、あんまり肩肘はらずに、イイカゲンに、愉しく、この手紙つづけましょう。どうぞよろしく。寂聴

週刊朝日  2019年8月16日‐23日合併号