ほな、あんたはなんで本場所に行くんや。

 本物の生きた力士を間近に見られるから──。

 立ち合いのぶつかり音がすごいから──。

 このふたつだけだ。現場にはスローモーションによるリプレイもなければ解説もない。そう“リアル”はあっけない。淡々と取組がすすみ、時間がすすむ。

 知り合いの病院理事長が片男波部屋を応援しているので、よめはんとふたり、その食事会に呼ばれたことが何度かある。

 親方の元関脇玉春日も大きいが、現役の玉鷲はもっと大きい。ふくらはぎはわたしの太股より太いし、手はグローブ、手首は牛乳パックほどもある。体全体が筋肉の鎧をつけているようで、

「あんなのが突進してきたら、おれはバラバラやな。全身粉砕骨折」となりであくびをしているよめはんにいうと、

「あのね、ピヨコちゃん、誰もあんたに相撲をとれとはいわへんのよ。カエルとウサギやあるまいし」

 焦げた焼肉をぱくっと口に入れた。

週刊朝日  2019年8月2日号

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黒川博行

黒川博行

黒川博行(くろかわ・ひろゆき)/1949年生まれ、大阪府在住。86年に「キャッツアイころがった」でサントリーミステリー大賞、96年に「カウント・プラン」で日本推理作家協会賞、2014年に『破門』で直木賞。放し飼いにしているオカメインコのマキをこよなく愛する

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