イラスト/阿部結
イラスト/阿部結

 SNSで「売文で糊口をしのぐ大センセイ」と呼ばれるノンフィクション作家・山田清機さんの『週刊朝日』連載、『大センセイの大魂嘆(だいこんたん)!』。今回のテーマは「黒白をつけない」。

*  *  *

 ある大企業の社長で、右派の大物と目されている人物にインタビューをしたことがある。

 ウハである、ウハ。

 大センセイは芥子粒のような小物であるから、ひどく緊張してインタビューに臨んだものだが、ウハ氏はとてもウェルカムな雰囲気の人であった。

 これまでの膨大なインタビュー経験から言うと、ウハには陽気で鷹揚で面倒見のいい、町内会長みたいなタイプの人が多い。片やサハには神経質で深刻で、クレーマーみたいな人が多い。

 ただし、ウハの笑顔は自説に同調する人にだけ向けられるものであることも、大センセイは知っている。

「なんといってもわが邦の特色は、黒白をつけないところにあると私は思うのであります」

 コクビャク?

 恥ずかしながら大センセイ、この年になるまで「コクビャクをつける」という言い方を知らなかった。「シロクロはっきりさせる」だと思っていたが、調べてみると、シロクロは誤用でコクビャクが正解らしい。さすがはウハ、正しい国語をよくご存じである。

「しかるに半島人は……」

 急にウハ氏は、眉根に皺を寄せた。

「なんでもかでも黒白をつけたがるんですなぁ。そんなことをするから社会に亀裂が入ってしまうということが、彼らにはわからんのです。その点わが邦は黒白をつけないことで国家としての一体感を保っているわけで、これはわが邦の文化が内在している深い知恵と言うべきでしょうな」

 ウハ氏の話を聞きながら、ある言葉が脳裏に浮かんだ。

 それは福島第一原発で水素爆発が起こった時、当時の枝野官房長官が使った、「爆発的事象」という言葉である。

「事象? どうして爆発事故って言わないんだろう」

 誰がどう考えたってあれは爆発事故だったと思うけれど、事象と言われるとなんとなくマイルドな気がしてしまう。実際はメルトダウンという恐ろしい事態が進行していたのに、どこか遠くで起きた、そんなに大したことない出来事のように思えてしまうのだから、コクビャクの効果はすごい。

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山田清機

山田清機

山田清機(やまだ・せいき)/ノンフィクション作家。1963年生まれ。早稲田大学卒業。鉄鋼メーカー、出版社勤務を経て独立。著書に『東京タクシードライバー』(第13回新潮ドキュメント賞候補)、『東京湾岸畸人伝』。SNSでは「売文で糊口をしのぐ大センセイ」と呼ばれている

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