物語はハッピーエンドでは終わらない。運をつかんだ高木高助は島の女、ハルコに感謝しながらも彼女の元を去っていく。それが忘れられない余韻を醸し出し、「(自ら舞台袖で共演者を)何度見ても泣けてくるんです。なんですかね、あの切なさ」と妻夫木さんは語る。

「人間って、ちっぽけだけど、でもそうやって些細な幸せに喜びを感じながら生きてゆく。そこがまたいいんだよなって」

 俳優・妻夫木の懐の深さなのだろう。似て非なる人生(どちらも捨てたものじゃないが)を演じながら、

「もうね、みんな本当にこの舞台に恋しちゃっているんです。だからとにかく終わってしまうのが、早くも今から哀しくて(笑)」

 妻夫木聡は涙が似合う俳優であり、笑顔は観る人を切なくも、幸せにもする。大きく笑って情深く、人の哀しみを自分のことのように感得し、それを表現の糊しろにしている。ポンちゃんの言葉じゃないが、僕は妻夫木聡の演技に自分の「心がほとびる」のを感じた。カーテンコールの拍手の中で、原田芳雄さんの遺影に線香をあげていた姿が浮かんできた。

週刊朝日  2019年7月26日号

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延江浩

延江浩

延江浩(のぶえ・ひろし)/1958年、東京都生まれ。慶大卒。TFM「村上RADIO」ゼネラルプロデューサー、作家。小説現代新人賞、アジア太平洋放送連合賞ドキュメンタリー部門グランプリ、日本放送文化大賞グランプリ、ギャラクシー大賞、放送文化基金最優秀賞、毎日芸術賞など受賞。新刊「J」(幻冬舎)が好評発売中

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