萩尾望都(はぎお・もと)/1949年、福岡県生まれ。69年にデビューし、『ポーの一族』『イグアナの娘』などの作品を次々と発表。SFやファンタジー、ミステリーなど幅広い分野を描き、世代を超えて多くのファンがいる。『バルバラ異界』で日本SF大賞を受賞。2012年、少女漫画家として初の紫綬褒章を受章。手塚治虫文化賞、朝日賞など受賞多数。代表作『ポーの一族』を中心に50年の軌跡をたどる原画展「萩尾望都 ポーの一族展」が東京・松屋銀座(7月25日~8月6日)を皮切りに各地で開催の予定。 (撮影/写真部・片山菜緒子)
萩尾望都(はぎお・もと)/1949年、福岡県生まれ。69年にデビューし、『ポーの一族』『イグアナの娘』などの作品を次々と発表。SFやファンタジー、ミステリーなど幅広い分野を描き、世代を超えて多くのファンがいる。『バルバラ異界』で日本SF大賞を受賞。2012年、少女漫画家として初の紫綬褒章を受章。手塚治虫文化賞、朝日賞など受賞多数。代表作『ポーの一族』を中心に50年の軌跡をたどる原画展「萩尾望都 ポーの一族展」が東京・松屋銀座(7月25日~8月6日)を皮切りに各地で開催の予定。 (撮影/写真部・片山菜緒子)
萩尾望都さん(右)と林真理子さん (撮影/写真部・片山菜緒子)
萩尾望都さん(右)と林真理子さん (撮影/写真部・片山菜緒子)

 今年、デビュー50周年を迎えた漫画家の萩尾望都さん。バンパネラ(吸血鬼)として永遠の旅を続ける少年を描いた代表作『ポーの一族』をはじめ、多くの読者を魅了し続けています。萩尾さんの50年の歩みを作家の林真理子さんが迫ります。

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林:萩尾先生は、今年デビュー50周年なんですね。私の年代って、一度はみんな漫画家を目指して、ノートにコマを描いて鉛筆で絵を描いて、クラスの友達に回して見せたりしました。そんなに評判もよくないので、だんだん描くのをやめちゃうんですけど……。萩尾先生は中学生のころから描いてらしたんですか。

萩尾:ノートに鉛筆でずっと描いてました。『鉄腕アトム』(手塚治虫)とか『サイボーグ009』(石ノ森章太郎)とか、好きな漫画家のキャラクターをどんどんまねして。

林:そのころから漫画家になろうと思ってらしたんですか。

萩尾:そうです。ただ、どうやったらなれるのかぜんぜんわからなかったし、やっていけるかどうかもわからなかったし、「なりたいな。でも無理だろうな。夢だもん」という感じだったんです。でも高校2年生のときに手塚治虫先生の『新選組』という漫画の単行本を読んですごくショックを受けて、「絶対漫画家になろう」と自分で決めちゃったんです。

林:ご両親は反対だったそうですね。

萩尾:大反対。「漫画家なんて恥ずかしい商売だ」と思っていたものですからね。今とぜんぜん時代が違います。両親ともすごくまじめな人で、父親はバイオリンを弾いていたんですけど、クラシック音楽以外認めないという人で、母親も「学校の勉強だけしてればいいんだ」という教育ママだったので、厳しかったです。

林:勉強はできたんですか。

萩尾:いや、ぜんぜんできない、悪いけど(笑)。ただ、当時は気がつかなかったんだけど、見た絵を暗記しちゃう能力があったらしくて、漫画一冊読むと全部暗記して、1カ月くらいはそれを思い出して楽しめるんです。

林:えっ、それは何冊も?

萩尾:読んだものは全部。

林:ええっ! すごい! ふつうの教科書はそんなことないんですか。

萩尾:美術の教科書は暗記できたけど、活字と数字は暗記できない。

林:たとえば「ここに電話してください。090××××……」って言われて、それ復唱できます?

萩尾:いや、できない。紙にメモしないと。

林:私もできないんです。私も人に言われて気づいたんですけど、世の中の人ってみんなそれができるらしいんです。

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