「めったに褒めてはくれませんし、毎日のように演出の変更があったので、全然満足してはいないでしょうね。満足しないからこそショーを作り続けているのだと思います」

 ジャニーさんの「褒めない」姿勢について、東山は著書で分析している。

<そこで傷つき、落ち込んでいるようではダメなのだ。ジャニーさんの狙いもそこにある。タレントは負けず嫌いでないと、伸びない。……僕らの内なる闘争心に火をつけるのが、実にうまい>(朝日文庫『カワサキ・キッド』)

 一方で、子や孫ほど年の離れたタレントから「ジャニーさん」「社長」と慕われていた。

「ジャニーさんは、彼らに対し、絶対に上から目線で接しない。対等な『仲間』なんです」(小菅さん)

 裏方的な仕事も積極的に行っていたと前出の山田さんは言う。

「現場でジャニーさんが自らイスを片付けている姿を見たこともあります。オーディションのときに、掃除のおじさんかと思った人がジャニーさん本人だったという『あるある』もありますよね。舞台が終わった後、孫くらいの年齢のアーティストに『お疲れ、よかったよ』とねぎらう言葉をかけている姿も見ました」

 そして、ときには芸以外で厳しくタレントを叱ることがあったそうだ。

「言葉遣いにはうるさかったですね。乱暴で失礼な言葉遣いは、すぐ注意していました」(小菅さん)

 ジャニーさんは、前出の朝日新聞インタビューで次のように語っている。

「親御さんから信頼を受け、大事なお子さんを預かる以上、私も命をかけて自分の子のように教育しようと思ってやってきた」

 所属タレントにとって父親のような存在だったジャニーさん。TOKIOのリーダー・城島茂は過去のインタビューで、ジャニーさんの言葉について語った。

「先輩のコンサートを見に行けば『ユー、ステージに出ちゃいなよ』。バックダンスの振り付けを覚えるのに苦労をしていると『新しい振り付け、考えちゃいなよ』。『むちゃぶり』とも思える言葉にデビュー前から鍛えられたから、何でもやれた」(17年、朝日新聞)

次のページ