「店側が戦後のダーティーな歴史も隠さず話すようになった。私たち世代ならまだ、実際に酒を飲んだ場所として生活感覚で知る『闇市』『場末』が、その頃になると、日常から切り離され、テーマパークのように非日常的でエキゾチックな観光地として扱われ始めた。そうなると、隠す必要もなくなったのでしょう」

 本書には、新宿ゴールデン街のように外国人観光客で新たな活況を呈する横丁が地方にも波及していること、東京のJR十条駅周辺などでは人気店に入れない客をあてこんで周辺に居酒屋が増える「商店街の横丁化」が起きていること、なども描かれる。では、横丁の未来は明るい、と言えるのか。「われわれはまず『酒』ありき、若い世代はまず観光、趣味としての『横丁』ありき。酒を飲むのが非日常なら、将来は悲観的に考えざるを得ないなあ」

 話が佳境に至り、取材者も含めて「酒が日常」の50代3人は2軒目へ。途中、JRの駅トイレに行きかけたら藤木さんに「行くなら店のトイレへ」と止められた。高架下に4、5軒が集まる横丁の店には暗い共同便所があった。

「共同便所が古いままで残る飲み屋は、快適さとはかけ離れた闇市の歴史をリアルに、強く感じさせるでしょ」と藤木さん。イシワタさんも共同便所マニアで、撮りためているという。

 共同便所はインスタ映えは……しない。だが、なぜ「狭い・汚い・暗い」空間が心を惹き付けるのか。着水点に気をつけて用を足しながら、自問に迷い込んでいった。(中島鉄郎)

週刊朝日  2019年7月26日号