イシワタフミアキさん(左)と藤木TDCさん (撮影/写真部・小黒冴夏)
イシワタフミアキさん(左)と藤木TDCさん (撮影/写真部・小黒冴夏)

『消えゆく横丁 平成酒場始末記』(ちくま文庫、920円※税別)は、酒を愛する藤木TDCさんとイシワタフミアキさんの2人が雑誌の取材でコンビを組み、日本中の「横丁」酒場を訪ね歩いた20年の記録である。

 ただ誤解してはいけない。収録されているのは、90年代以降の下町居酒屋ブームでにわかに脚光を浴びた、絶品の酒肴がある路地裏の名店、とかでは全くない。

 むしろその対極だ。ダークな裏文化を扱う実話誌「DON」での連載企画だから当然なのだが、「店は汚く、狭苦しく撮ってくれと編集者に注文された」(イシワタさん)というほど、徹底した「反グルメ」の酒場探訪記なのだった。そもそも主役は店ではなく、横丁という空間だ。

 東京では池袋・人世横丁や渋谷・百軒店、大井新地や銀座の三原橋地下街など。山梨県甲府市の朝日小路、静岡市の八幡屋台街、岐阜市の丸川センター……。狭い店内、薄暗い電飾看板、さびたトタン塀などが写真に収まる。だが、藤木さんは「取り上げた横丁の8割程度は消えてしまったのではないか」という。バブルの再開発ブームを生き延びた横丁が東京五輪を前に今も消えつつある。

 横丁の多くは旧「闇市」だった。戦後に誕生した、店や屋台が集団化しまとまった狭小な商店街の名残である。闇市の歴史には、公然とは語れない危うい人たちも足跡を残している。

 当初は、「闇市」の言葉に「そういう取材なら断る」と神経質になる店もあった。だが、2000年代中頃から変わってきたという。

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