※写真はイメージです (Getty Images)
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 書評家の吉田伸子氏が選んだ“今週の一冊”は『椿宿の辺りに』(梨木香歩著、朝日新聞出版 1500円※税別)。

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 物語の最初にあるのは「痛み」だ。皮膚科学研究所で研究員をしている佐田山幸彦(やまさちひこ=通称・山彦)は、四十肩と鬱を患っている。四十肩の痛みは強烈で、その痛みが引き金となり、「存在の基盤が崩れ落ちそうな不安」が生み出されてしまう、という厄介を抱える山彦にとって、かかりつけのペインクリニックとそこでの担当医が心の支えのような存在になっていた。

 ある日、実家の店子の件で、仕事帰りに従妹である海幸比子(うみさちひこ=通称・海子)に会いに行こうとした山彦は肩の激痛に襲われ、クリニックに駆け込む。帰宅後、待ちぼうけをくらった形になった海子から電話を受けた山彦は、体調の悪さ──四十肩と鬱──を告白し、約束をすっぽかしたことを詫びる。そんな山彦に、海子は「四十肩なら、いい鍼の先生を知ってるから、そこへ行ったらいいよ」と、自らも通っているという鍼灸院を紹介する。山彦が通っているクリニックとは「全然違うアプローチだから、バッティングしないよ」と。そう、山彦同様、海子もまた、「痛み」を抱えていたのである。

 山彦と海子が、同時に痛みを抱えている。これは偶然なのか。そこに加えて、実家の店子である鮫島さんの長男の、鮫島「宙幸彦(そらさちひこ)」という名前。山、海、と続いての宙。これもまた偶然なのか。それとも何かの因縁なのか。

 更には、海子は既に発症していたリウマチ性多発筋痛症に加え、左肩を骨折する怪我を負い、山彦もまた頸椎ヘルニアを患うことに。「山幸、これ、おかしいよ。なんで私たちだけ、こう、次から次へと痛みが襲ってくるの?」

 その後、海子から紹介された双子の鍼灸師の一人、亀子(かめし)との出会いを経て、山彦は実家であり、祖先の地である椿宿へ、亀子とともに向かうことに。椿宿には何があるのか。山彦、海子を悩ませる「痛み」の由来はどこにあり、それは解決できるのか。山彦、海子と宙幸彦との関係は?

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