黒川博行(くろかわ・ひろゆき)/1949年生まれ、大阪府在住。86年に「キャッツアイころがった」でサントリーミステリー大賞、96年に「カウント・プラン」で日本推理作家協会賞、2014年に『破門』で直木賞。放し飼いにしているオカメインコのマキをこよなく愛する (写真=朝日新聞社)
黒川博行(くろかわ・ひろゆき)/1949年生まれ、大阪府在住。86年に「キャッツアイころがった」でサントリーミステリー大賞、96年に「カウント・プラン」で日本推理作家協会賞、2014年に『破門』で直木賞。放し飼いにしているオカメインコのマキをこよなく愛する (写真=朝日新聞社)
※写真はイメージです (Getty Images)
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 ギャンブル好きで知られる直木賞作家・黒川博行氏の連載『出たとこ勝負』。今回は「庭で鳥寄せ うちでいっぱい食って」。

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この時期、庭に出て水槽のメダカや金魚に餌をやろうとすると、決まって蘇鉄の鉢のあたりで、チーッ・チーッと、けっこう大きな鳴き声がする。鳥ではない。虫の音でもない。

 はて、なんやろか──。ネットで調べてみた。

 ヤモリだった。彼らは夜、ハンティングをして昼は寝ているらしい。その定宿が蘇鉄の鉢の下で、近くをうろうろするわたしに、「こら、機嫌よう寝てるのに邪魔すんなよ」と警告を発するようだ。当のヤモリを見ることはないが、その声を聞くと、わたしはうれしくなる。「ちゃんと食うてるか。昨日の蛾は美味かったか。カラスやムクドリに気をつけるんやで」優しくいってもヤモリには通じず、そばを離れるまで不機嫌そうに怒っている。

 ムクドリといえば、ダイニングの壁の向こう(もともとはエアコン用の穴があったが、室内側からはボードで塞いでクロスを貼っている)に巣をつくっていて、毎年四月の半ばごろ、その壁のあたりから、ときおりチリ・チリッと鳴き声が聞こえてくる。そう、雛が孵化して親鳥に餌をねだっているのだ。「今年も生まれたね」「めでたい」よめはんとわたしは雛の健やかな成長を願いつつ、焼鳥を食ったりする。

 五月の下旬、その壁の中からギャーギャーと、ただならぬ声がした。なにごとならん──。わたしはあわてて外に出た。

 なんと、カラスがエアコンの穴のそばにとまって中を覗き込んでいる。雛を狙っているのだが、穴が小さいから侵入できないのだ。

「こら、やめんかい」わたしは大声でカラスを追っ払った。そのまま、しばらく見張りをつづけてダイニングにもどると、三十分ほどして、また餌をねだる声が聞こえた。これがテレビの動物番組だと、《ムクドリファミリーの一大事。ドロボー髭の大家さん、大活躍》というふうなキャプションが入るのだろう。その後、ムクドリの雛は無事巣立ちをして、壁の向こうは静かになった。

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