70年代半ば新たな絶頂期のディラン鮮明に (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

AERA dot.

70年代半ば新たな絶頂期のディラン鮮明に

連載「知新音故」

このエントリーをはてなブックマークに追加
小倉エージ週刊朝日#小倉エージ
『ローリング・サンダー・レヴュー 1975年の記録』を出したボブ・ディラン

『ローリング・サンダー・レヴュー 1975年の記録』を出したボブ・ディラン

●ボブ・ディラン『ローリング・サンダー・レヴュー 1975年の記録』完全生産限定盤 輸入盤国内仕様:輸入盤BOX(14CD 56pオリジナル・ブックレット)、136p日本版ブックレット(解説・歌詞・対訳)付き ソニー・ミュージック SICP6101~6114

●ボブ・ディラン『ローリング・サンダー・レヴュー 1975年の記録』完全生産限定盤 輸入盤国内仕様:輸入盤BOX(14CD 56pオリジナル・ブックレット)、136p日本版ブックレット(解説・歌詞・対訳)付き ソニー・ミュージック SICP6101~6114

 ボブ・ディラン・ファンを喜ばせるボックス・セットが発表された。CD14枚組の『ローリング・サンダー・レヴュー 1975年の記録』だ。

【『ローリング・サンダー・レヴュー 1975年の記録』のジャケットはこちら】

 75年1月、ボブ・ディランが生んだ傑作『血の轍』発表後、同年10月から始まった“ローリング・サンダー・レヴュー”は、ロック史に残るイヴェントとして語られてきた。

 78年公開のボブ・ディランの脚本、監督による映画『レナルド&クララ』には第1期のツアーの模様を収録。ディランの未発表作品を主体にした“ブートレッグ・シリーズ”の第5集『ローリング・サンダー・レヴュー』についで、今回のボックスによりその実態は明らかなものになった。

 もっとも、今回のボックスは23都市31公演のすべてではなく、マサチューセッツ州のウースター、ケンブリッジやボストンでの昼夜の公演、批評家や後に海賊盤の流通により最高の出来栄えとして評価を得たカナダのモントリオールの公演、ツアーに向けてのスタジオでのリハーサル、レア・パフォーマンスなども収録したものだ。

 70年代半ばに入ってロックはポピュラー・ミュージックの主流となり、フェスティヴァル形式を踏襲したスタジアム規模の商業主義的な公演が実施されるようになっていた。ディランはそれに反発するように、プロモーターを介さずその告知、切符の販売などすべてを自分たちでまかなう手作りのツアーを実現した。

 もともとキャラバン的なツアーを実施したいという思いがあったという。レヴュー形式を意図し、フォーク歌手時代からの盟友ボブ・ニューワース、ディランが師と仰ぐウディ・ガスリーの継承者であるランブリン・ジャック・エリオット、かつての恋人であったジョーン・バエズを主要キャストに迎え、後にはジョニ・ミッチェルなども加わることになる。

 リハーサル・テイク冒頭の「レイク・アンド・ランブリン・ボーイ」、マール・トラヴィスの「ダーク・アズ・ダンジョン」やトラディショナル曲の起用から、ディランのルーツへの回帰がうかがえる。

 


トップにもどる 週刊朝日記事一覧

続きを読む

おすすめの記事おすすめの記事
関連記事関連記事

あわせて読みたい あわせて読みたい