吉田輝星が“勝つために”必要なこと 東尾修が語る (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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吉田輝星が“勝つために”必要なこと 東尾修が語る

連載「ときどきビーンボール」

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東尾修週刊朝日#東尾修
東尾修(ひがしお・おさむ)/1950年生まれ。69年に西鉄ライオンズに入団し、西武時代までライオンズのエースとして活躍。通算251勝247敗23セーブ。与死球165は歴代最多。西武監督時代(95~2001年)に2度リーグ優勝

東尾修(ひがしお・おさむ)/1950年生まれ。69年に西鉄ライオンズに入団し、西武時代までライオンズのエースとして活躍。通算251勝247敗23セーブ。与死球165は歴代最多。西武監督時代(95~2001年)に2度リーグ優勝

5回を投げて被安打4、1失点でデビュー戦勝利を飾った日本ハムの吉田輝星 (c)朝日新聞社

5回を投げて被安打4、1失点でデビュー戦勝利を飾った日本ハムの吉田輝星 (c)朝日新聞社

 西武ライオンズの元エースで監督経験もある東尾修氏は、日本ハムの吉田輝星投手の可能性について語る。

【吉田輝星投手の写真はこちら】

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 試合途中までだったが、日本ハムのドラフト1位、吉田輝星のデビュー戦をテレビでチェックしていた。6月12日の広島戦。5回1失点で勝利投手となったが、まずは笑顔でプロの第一歩を踏み出せたことを素直に喜びたい。

 初回の立ち上がり。1死満塁のピンチを迎えた。初めての札幌ドームのマウンド。力みもあったろうし、一番気になったのは踏み出した左足が突っ張って、体重をしっかり乗せられなかったことだ。あれでは力任せに腕を振るだけになってしまう。何とか無失点に切り抜けたが、球数がかさめば球速が落ちていくと感じた。スムーズに左足に乗っていけない→捕手に近いところでボールを離せない→上体だけの投球になる→右腕への負担が増大するという流れだ。

 しかし、吉田は立ち直った。それどころか、五回にも145キロ前後と初回よりも球速も出ていた。左ひざをだいぶ柔らかく使えるようになって、左足に体重を乗せられるようになっていた。広島の鈴木誠也が「あまり見たことがないストレート」と評したが、プロでも球威は通用する。可能性を感じる初登板だった。

 何より栗山監督が一番ホッとしているはずだ。ルーキーは成功体験がないわけだから、最初は痛い目に遭うよりも、一つでも自信を積み上げることが、成長を促すことになる。コーチ陣の中には、2軍で100球以上投げたこともなければ、5回を投げきったこともない投手の1軍デビューに反対意見もあったことだろう。しかし、絶妙なタイミングで先発させることができるのは監督の決断でしかない。直前のイースタン・リーグの巨人戦で6失点を喫しても「一番調子のいいタイミングで上げたい」との栗山監督の信念も見事だった。


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