年金に詳しい社会保険労務士の北村庄吾氏は、蓄えは2千万円でも足りないくらいだと警鐘を鳴らす。

「不足額は、現実的には報告書の試算よりも多くなります。収入も支出もあくまで平均値で、一部の富裕層によって数字が全体的に底上げされているためです。国民年金にしか加入していない自営業者の夫婦だと、年金収入が月13万円前後の世帯も少なくありません。支出の想定についても、食費や娯楽に使う分が膨らめば、赤字額はすぐに3万円ぐらい増え月8万円を超えてしまいます。それだけで不足額の合計は3千万円前後に跳ね上がります。報告書は年金収入だけでは生活できない実態を明かした功績があります」

 前出の森永氏も、不足額は2千万円より大きくなるとみている。

「これからさらに寿命が延びる一方で、もらえる年金は目減りしていきます。それを考えると、5千万~6千万円ぐらいは必要になるかもしれません」

 参院選を前に年金問題がクローズアップされるのは、どうしても避けたい安倍政権。年金財政の検証結果の公表を参院選後に先延ばししようとしているようだ。前出の北村氏は、検証結果についてこう分析する。

「少子高齢化で収入である保険料が減り、支出である受給額が増えていくのですから、財政検証でよい結果が出るはずはありません。悪い結果が出るのがわかっているので、選挙を控えて発表時期を意図的に遅らせているとみられても仕方がない。そもそも、現役世代が受給世代を支えるいまの年金制度の限界が近づいているのは、誰の目にも明らかです」

 北村氏は財政検証の結果が公表されると、抜本的な制度見直しの必要性がはっきりすると指摘する。原則65歳としている年金の受給開始年齢の引き上げなど、国民に大きな痛みを伴うものも予想される。

「70歳までの定年延長や継続雇用なども、課題になります。近い将来、私たちが死ぬまで働かないと、年金制度は成り立たなくなる。そうした制度への準備が、水面下で着々と進められているのです」(北村氏)

 森永氏も、年金制度を維持するため、「70歳まで働け」という社会が来るとみている。

「定年を延長して働いても年収は下がり、十分な余裕が生まれるわけではありません。そんな社会には疑問を感じます」

 もはや「年金崩壊」といっていい状況だ。私たちには何ができるのか。まずは、できるだけ自助努力が求められる。金融審議会が厳しい見通しを示したのも、もともとは「貯蓄から投資へ」を促すためだった。

 だが、投資にまわすような資金もなく、日々の生活に追われている人も多い。金融広報中央委員会の調査では、高齢者世帯(2人以上世帯で世帯主が60歳代)で金融資産を持っていないと答えた人は2割もいる。年金だけで暮らしていけないのであれば、最後は生活保護に頼るしかない。税金をさらに投入して年金の支給額を引き上げるにしても、国家財政がどこまで持ちこたえられるのか。

 こうした不都合な真実から目をそらさず、必要な政策を訴えるのが本来の政治の役割だ。森友・加計学園の問題や統計不正など、これまでも都合の悪いことから逃げてきた安倍政権。参院選で国民の審判を受ける日は近づいている。(本誌・池田正史)

週刊朝日  2019年6月28日号

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池田正史

池田正史

主に身のまわりのお金の問題について取材しています。普段暮らしていてつい見過ごしがちな問題を見つけられるように勉強中です。その地方特有の経済や産業にも関心があります。1975年、茨城県生まれ。慶応大学卒。信託銀行退職後、環境や途上国支援の業界紙、週刊エコノミスト編集部、月刊ニュースがわかる編集室、週刊朝日編集部などを経て現職。

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