たとえ一回でもいい、新入社員に対して『ビジネスのノウハウ』ではなく『正しい日本語の会話』を知らしめる講座があれば、見れる、来れる、食べれる、といった“ら抜き言葉”も少しは減るのではないか──。

 友だちどうしや気のおけない仲間の中で行き交う“ら抜き言葉”はまったくかまわない。言葉は時代とともに変化するし、省略され、短くなっていくものだから。

 しかしながら、ビジネスの場において、クライアントに“ら抜き言葉”や“ほう・ほう”を連発するようでは、その人物と会社が軽く見られてしまうのではないか──。

 わたしが作家専業になってまもないころ、担当の若手編集者とその上司と三人で、沖縄へ取材に行ったことがあった。那覇の料理屋に入って、編集者がメニューを手にしながら、

「黒川さんはヤギ汁とか食べれますか」といったとき、上司がすかさず、

「食べれますか、じゃない。食べられますか、だ。出版社の編集者がそんなものいいをするんじゃない」と、ぴしりといった。

 なるほど。これが社員教育や──。わたしはいたく感心し、自分の小説でも“ら抜き言葉”は絶対に使わないと心に決めた。

 NHKをふくむテレビ番組のレポーターにいいたい。「こちら、~になります」はやめましょう。

週刊朝日  2019年6月21日号

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黒川博行

黒川博行

黒川博行(くろかわ・ひろゆき)/1949年生まれ、大阪府在住。86年に「キャッツアイころがった」でサントリーミステリー大賞、96年に「カウント・プラン」で日本推理作家協会賞、2014年に『破門』で直木賞。放し飼いにしているオカメインコのマキをこよなく愛する

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