引きこもってから10年以上になる。2年くらい前までは母親もまだ元気で、一緒に病院へ出かけもしたが、母親の介護の負担が娘にいくようになった。

「母は少し認知症になってきた。体も弱くなって倒れたりしたけど、私自身が母を支えられないから。私が今年2月まではがんばってやっていたんだけど、3月からはできなくなった。自分の体のほうが具合が悪くなっちゃって。今は一緒に寝ている」

 週に1回、娘には訪問看護が来ている。母親は週2回、車が迎えに来て、デイサービスに出かけている。「ヘルパーさんに来てもらったらと言われるんだけど、知らない人が家に上がるのが嫌。ヘルパーさんは自立支援を促し、一緒に食事を作らないといけない。何をするのも、一緒に動かないといけないから、母も嫌がって断っている。いつもおにぎりを食べたり、ビスケットを食べたりしている」

 引きこもり生活もだんだんと行き場がなくなってきているように感じた。

「私はとにかく、近所の人とかに過敏になっちゃって、怖い。玄関のブザーも壊れているから、誰かが訪ねてきてドンドンとたたかれる音も怖い。誰か来ても出るのが怖いし、車の音も怖い。何もかも怖くなっちゃって、この家にいるのも怖くなっちゃって、ときどき、死ぬことを考えてしまう」

  社会から孤立して困窮し、最後は死体遺棄事件や自殺、親子で死亡といった形で8050問題が表面化することは少なくない。

 昨年11月に横浜市であった死体遺棄事件では、「40年引きこもっていた49歳の男性が、高齢の母親と2人で暮らしていた。社会とつながることができず、言葉が話せなくなっていた。その母親が亡くなっても本人は話せない。警察に通報もできず、発覚するまで遺体と同居していた。聴取は筆談でした」(同)。

 神奈川県では昨年11月以降、5人が死体遺棄容疑で逮捕され、うち4人が仕事に就かず引きこもりがち。死亡したことを、周囲に知らせず遺体を放置していたとの新聞報道もあった。国が「8050問題」の対応を先送りしてきたツケで、さらなる悲劇を生まぬことを祈るばかりだ。 

(本誌 大崎百紀、吉崎洋夫、上田耕司)

週刊朝日2019年6月14日号に加筆

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上田耕司

上田耕司

福井県出身。大学を卒業後、ファッション業界で記者デビュー。20代後半から大手出版社の雑誌に転身。学年誌から週刊誌、飲食・旅行に至るまで幅広い分野の編集部を経験。その後、いくつかの出版社勤務を経て、現職。

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吉崎洋夫

吉崎洋夫

1984年生まれ、東京都出身。早稲田大学院社会科学研究科修士課程修了。シンクタンク系のNPO法人を経て『週刊朝日』編集部に。2021年から『AERA dot.』記者として、政治・政策を中心に経済分野、事件・事故、自然災害など幅広いジャンルを取材している。

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