高校教員のころ、ショートパンツのポケットに札を入れて大正区のテニスコートに行き、車に乗って帰ろうとしたら札がない。青くなって大正署へ走り、五万円か六万円を落としたといったら、どんな財布かと訊かれた。いや、裸の札ですねん……。

 いったとたん、警官は笑って(ように見えた)、遺失物届の用紙を出した。当然だが、金はもどってこなかった。

 よめはんはなぜかしらん、いつも下を向いて歩いている。二十年ほど前、ミナミでうどんを食った帰り、よめはんがなにかを拾ったから、十円か、百円か、と訊くと、手を広げて見せたのは小さなガラス玉だった。

「そんなもん、よう見つけたな」

「だって、キラキラしてたもん」

「おれにくれ」

「いやや」

 わたしがなぜ欲しがったか……。そのガラス玉には銀色の枠がついていた。ペンダントトップだろう。

 後日、よめはんはガラス玉を宝石屋に持っていった。一カラットのダイヤモンドだった。

 よめはんはものを拾うが、落とすことはない。

週刊朝日  2019年6月7日号

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黒川博行

黒川博行

黒川博行(くろかわ・ひろゆき)/1949年生まれ、大阪府在住。86年に「キャッツアイころがった」でサントリーミステリー大賞、96年に「カウント・プラン」で日本推理作家協会賞、2014年に『破門』で直木賞。放し飼いにしているオカメインコのマキをこよなく愛する

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