大浴場の休憩室に大画面テレビが置いてあって、アナウンサーがしきりに「平成最後の、平成最後の」と連呼している。改元って、いったい誰が、何のためにやるんだろう?

 なぜだかわからないが、大センセイ、無性にゼイタクがしたくなった。

「船で初島行こう」

「いいけど、こんな雨で運航してるのかしら」

 送迎バスで熱海駅まで出て、フェリー乗り場まで歩く。途中、雨足が強くなったので、仕方なくビニール傘を買う。タクシー代に次ぐ無駄な出費である。

 船賃は大人二人、子供一人で往復6500円。高い。高いけど、乗る。

 雨が降りしきる中フェリーに乗り込むと、息子の昭和君は一階の船室に行きたいと言う。大センセイとしてはデッキで海の風を感じてほしかったのだが、頑として嫌だという。なんだかなァ……。

 初島に着いて昼食。

 金目鯛の煮つけ定食、1600円。アジの刺身定食、1980円。高い。金目はまだしも、アジは高過ぎる。

「でも、こういうお金で島の子は高校とか通うんじゃないの?」

 そうか、初島には中学校までしかないんだ。

 身ぐるみ剥がれたような気分で帰りのフェリーに乗り込むと、なぜか昭和君が展望デッキまで上がっていき、土砂降りの中、熱海港に着くまでイミテーションの舵を握り続けた。痛い出費が報われた気がした。

 船の艫で日の丸の旗がはためいていた。令和なんかより、昭和君の方がよっぽど大切だ。

週刊朝日  2019年5月31日号

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山田清機

山田清機

山田清機(やまだ・せいき)/ノンフィクション作家。1963年生まれ。早稲田大学卒業。鉄鋼メーカー、出版社勤務を経て独立。著書に『東京タクシードライバー』(第13回新潮ドキュメント賞候補)、『東京湾岸畸人伝』。SNSでは「売文で糊口をしのぐ大センセイ」と呼ばれている

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