イラスト/阿部結
イラスト/阿部結

 SNSで「売文で糊口をしのぐ大センセイ」と呼ばれるノンフィクション作家・山田清機さんの『週刊朝日』連載、『大センセイの大魂嘆(だいこんたん)!』。今回のテーマは「平成最後の小市民」。

*  *  *

 去る4月29日、大センセイ一家は熱海旅行に出かけた。

 昼過ぎに熱海駅に着くと、駅前は大混雑。熱海は一時期廃れたと聞いていたが、意外にも若い観光客が多い。

 予約したホテルの送迎バスが来るまで間があったので、サンビーチまで下りて時間を潰すことにする。

 ビーチへ下りる途中、「熱海プリン」という店の前に長い行列ができていた。プリン一個のために何十人、いや、おそらく百人以上の人間が長蛇の列をなしている。そんなにうまいんだろうか。

 ビーチをぶらぶらしているうちに送迎バスの時刻が迫ってきたので、路線バスで駅へ戻ることにする。タクシーを使う手もあるが、ちょっと贅沢だ。

 バス停で待つこと10分。渋滞で遅れているのか、定刻になってもバスは来ない。

「さっきの空車に乗っちゃえばよかったんじゃない」

 と妻太郎。

「もうすぐ来るよ」

 確証はないが、そう言う以外にない。

 やがて、5分以上遅れてバスがやってきた。

「まだ15分あるから、なんとかなるよ」

 なんとかならなかった。

熱海駅周辺は大渋滞で、バスは駅の手前で完全にストップ。ホテルから携帯に電話がかかってきた。

「渋滞しちゃって、間に合いそうもありません」

 ホテルの人が言うには、路線バスは夕方5時に一便あるだけ。タクシーだと3000円以上かかるという。

「5時まで待つのもねぇ」

「でも、3000円だぜ」

 大センセイ、タクシー代を払いたくなかった。かといって、せっかく温泉宿に泊まるのに温泉に入る時間がなくなっては元も子もない。仕方なくタクシーに乗ることにする。痛い出費だ。

 翌30日は、朝から雨。晴れていれば新緑の中を散策するだけでもよかったが、この天気では無理だ。かといって何らかの施設に入れば、入場料を取られる。

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山田清機

山田清機

山田清機(やまだ・せいき)/ノンフィクション作家。1963年生まれ。早稲田大学卒業。鉄鋼メーカー、出版社勤務を経て独立。著書に『東京タクシードライバー』(第13回新潮ドキュメント賞候補)、『東京湾岸畸人伝』。SNSでは「売文で糊口をしのぐ大センセイ」と呼ばれている

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