寄藤:僕は考えを絵でしかまとめられないので、内容をきちんと読みたいときはカード式メモを使って、本の中身を絵にして覚えていきます。

池谷:ビジュアル化してメモにするという行為は、外部環境に準拠しようとするということです。人間が他の動物に比べて優れているのは、環境を利用する力です。脳が一時的に覚えられるキャパシティーは、じつは圧倒的に少ないんですね。レイブンテストという試験で知能を推測できるのですが、モニター上で問題を解いていくときに、マウスを動かしては、止めてしばらく考えるという動作を繰り返す人が出てきます。マウスを利用している時間は外部環境を利用している時間で、止めているのが外部環境を一旦遮断して熟慮している時間。つまり、外部メモリと内部メモリを自在に行き来できている。そういう切り替えができる人が賢い人なんですよ。寄藤さんの読書メモも、自分の中の記憶の不安定さを、外部メモリを使って安定化させる試みですよね。知性という観点で見れば、それは脳の正しい使い方なんです。

寄藤:なるほど。脳だけで完結せずに、環境を利用しているというふうに考えるんですね。僕はインプットとアウトプットという捉え方で考えていました。アウトプットするということが、環境を利用しているということなのだと考えていいんでしょうか?

池谷:そう思います。アウトプットというのは、後で見直して、将来利用するために行っているとは限らない。アウトプットするという行為そのものにも意味がある。これが脳の面白いところなんです。

寄藤:「表現をすることって何だろう」と、昔から考えているのですが、今まさに、その答えを、脳科学の視点で教えてもらったような気がしました。「表現」というのは環境を利用していくということなんだというふうに考えると、すごく腑に落ちますね。「環境の利用の仕方がうまい表現」というものが、ひょっとすると名作といわれるものなのかもしれませんね。

(構成/MARU)

週刊朝日  2019年5月24日号